コラムのタイトル「黒い瞳」を、トルコ語で「Karagöz(カラギョズ)」という。「カラギョズ」は、トルコをはじめギリシャや中央アジアの各国に伝わる影絵芝居で、芝居の名前であると同時に、主人公のひとりカラギョズの名前でもある。このトルコの影絵芝居について著者の知り得たことからご紹介しようと思うのだが、まぎらわしいので、芝居自体を表すときはカッコつきの「カラギョズ」、主人公の名前のときはただのカラギョズとしたい。
著者が「カラギョズ」を知ったのは、トルコ留学をした2006年夏の終わりのことだった。語学学校の友人に教えられて、トルコのアク・バンク銀行後援の「カラギョズ」を観にいった。舞台で「カラギョズ」を見せていたのが、カラギョズ師のタージェッティン・ディケル氏である。2006年当時、御歳84。「私はカラギョズが大好きなんだ」というタージェッティン氏のお人柄に引かれ、週末ごとに舞台に通った。舞台裏も見せていただき、観客の子どもたちへのインタビューもさせていただいた。氏の活動、舞台を見にきた子どもたちのことば、「カラギョズ」についてのあれこれをこうして紹介させていただけるのは、ほんとうにうれしいことである。突然現れた東洋人に、こころよくいろいろと説明してくださったタージェッティン氏に、ほんの少しだが報いることができる気がする。
そして連載を始める前にひとつ…。これから追いかける「黒い瞳」。日本語にするとなんとなくかっこいいが、『不思議の国のアリス』が追いかけた「白いウサギ」のようにフワフワでもなければ、ファンタジーでもない。口が悪くてけんかっ早い、ひげ面で、はげた「おっさん」である。それでもどこか憎めない男。つたない文章ではあるが、最後に皆さんがカラギョズになんとなく愛情を感じていただければ嬉しく思う。
■全6回のテーマ
第1回 「カラギョズ」とは何か。カラギョズとは誰か
第2回 相方・ハジバット登場
第3回 カラギョズとハジバットの伝説
第4回 伝説の舞台ブルサ
第5回 カラギョズ師 タージェッティン・ディケル
第6回 カラギョズ好き? 子どもたちに聞いてみた
番外 タージェッティン・ディケル氏への哀悼
●著者紹介
鈴木郁子(すずき・いくこ)
「トルコ文学を学ぼう」と決めて、出版関係の仕事を辞め、再び学生になるためにトルコ入りしたのは、2006年4月だった。ちなみに日本の大学で学んだのは日本上代文学。「トルコ文学」の「ト」の字も知らぬ素人である。
語学学校を経て、トルコはイスタンブールのマルマラ国立大学大学院に合格したのが2008年9月。トルコ学研究所の近・現代トルコ文学室に籍を置き、19世紀末から現代までのトルコ文学を学んできた。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。もちろんトルコ語で書いた。帰国後、トルコ語翻訳・通訳に携わっているくせをしていまだに思う。英語も覚束ない日本文学一本やりの人間が、よくぞまあ、トルコ語で修士論文を書けたもんだ…。