企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第1回

1 影絵芝居「カラギョズ」

「カラギョズ」は、トルコ共和国の伝統影絵芝居である。主人公のカラギョズを中心に多くの人物が登場し、オスマン朝の庶民の生活を伝える。今日の形が確立したのは16世紀後半といわれている。
トルコに影絵芝居が入ってきたルートは、いくつか考えられる。ひとつは、中国から中央アジアを通ってシルクロードを運ばれてきたとするもの。ほかに、イランから、エジプトから、またはスペインかポルトガルからもたらされたという説もあるが、研究者のあいだでもまだ答えは出ていない。さらに、トルコ、ギリシャ、中央アジアのいくつかの国のあいだでは、「わが国こそが『カラギョズ』発祥の地である」という“本家合戦”が続いている。トルコの位置するヨーロッパとアジアの境目、イスタンブールから小アジアにかけては、紀元前のメソポタミア文明に始まって、数えきれない文明・文化・民族が通りすぎた。当然、ギリシャ・ローマ文明もそのなかに含まれているので、『本家合戦』が起こるのも無理はない。
ここでは、オスマン朝のなかで確立した「トルコの『カラギョズ』」について見てみたい。


雑誌『ターリヒ(歴史)』2002年11月第107号。ラマザン(断食月)の特集で、表紙をカラギョズ(左)と相方のハジバットが飾っている。キャッチコピーは「ラマザン ゲルディ ホシュ ゲルディ!(やってきたぞラマザンが、待ちに待ってたラマザンが!)」(©Türkiye Ekonomik Toplumsal Tarih Vakfı/トルコ社会経済歴史基金)

どこで演じられた?
「カラギョズ」は、オスマン朝時代には宮廷での誕生、割礼式、結婚など、とくに王子たちの祝いの席の楽しみとして演じられた。庶民のあいだでは、割礼、断食月(ラマザン)の夜の娯楽として盛んになった。今日のトルコでも、断食月になるとテレビのコマーシャルや街角のポスターなどに「カラギョズ」が登場する。


画家ムアッゼズの『カフェで「カラギョズ」を観る人々』。雑誌『ターリヒ』107号65ページ(©Türkiye Ekonomik Toplumsal Tarih Vakfı/トルコ社会経済歴史基金)

内容は?
主人公のカラギョズが引き起こす、騒動や失敗などのコメディが中心である。オスマン朝時代は、大人が「にやり」とできる際どい内容も多かったが、現在では子どものための劇の要素が強い。当時の庶民のあいだで演じられた「カラギョズ」には、その時代の社会への風刺が盛り込まれ、実際に起きた政治問題、貧困、支配階級への不満などが演じられた。そのため、市井のカラギョズ師はしばしば取り締まりの対象になった。
役人を見ると、カラギョズ師たちは道具一式を抱えて逃げだした。その名残りで舞台は組み立て式になっており、分解すると大きめのスポーツバッグに入ってしまう。ちなみに、今日のトルコでも、違法な露天商が見回りの警察官を見つけたときの逃げ足は、速い。


カラギョズの組み立て式舞台。これが……


こうなる。暗幕は会場のものを借りている

演じているのはだれ?
カラギョズを演じるカラギョズ師は「ハヤーリ」といわれる。演者は、基本的にカラギョズ師ひとり。人形、声色、効果音や光の演出のすべてをこなす。助手(ヤルダック)は、師匠の手がまわらない効果音の一部を受けもち、登場人物の登場テーマソングを歌ったり、人形を手順よくわたしたりする。オスマン朝時代には舞台裏に楽団がひかえていたこともあったというが、いまでは助手がテープで音楽を流すのが一般的だ。


カラギョズとハジバットを同時に操るタージェッティン氏。声色を出しているほうの人形の頭を細かく動かすことで、話の順番を表現する


「現代的」音響効果セット。お弟子さんのラミル氏が担当する

どんな人形?
人形は30~40センチの大きさで、彩色した革でつくられている。革は光をとおすようになめされ、透明度が高い。水牛、ラクダ、牛などが用いられるが、なかでも彩色や光をとおす透明度にはラクダ革がいちばん適しているといわれる。
革は専用の刀で人形の形に切り出され、そこに植物性の染料で色づけをする。人形は、いくつかのパーツを強い糸で結び合わせて、関節が動くようになっている。
また、人形を操るための握り棒を差し込む穴は、人形ごとに異なっている。主人公のカラギョズは激しい動きをするので胸と前腕にひとつずつ、カラギョズの相方のハジバットには胸にひとつあけられている。現在、ラクダの皮はなかなか手に入らないらしく、イスタンブールにあるグランドバザールなどのお土産屋で売っている「カラギョズ」の人形は、だいたいが牛革。売り子のおじさんたちは自信たっぷりに「ラクダだよ!」と言うが、じつはちがっているのだ。


タージェッティン氏にコピーさせていただいた、カラギョズとハジバットの型紙。複雑な接合部分には番号がふられ、糸のとめ方が記されている

2 主人公・カラギョズ

その名のとおり、主人公である。粗野で教養もなく、当時の庶民の平易なトルコ語を話す、トルコ民族の男性。乱暴者で、すぐに腕力に訴える。カラギョズの人形にふたつの差し込み穴があいているのは、ハジバットらにとびかかって殴りつける、その激しい動きを表現するためだ。さらに、濃いひげ面で、はげ頭。カラギョズの帽子は後頭部で頭の部分に繋ぎとめられており、カラギョズが驚くと帽子がうしろに飛んで、はげ頭が現れる。
いつも仕事がなく、金もない。歩きまわっては、ハジバットがもってきた怪しい仕事に手を出す。そうでなければ、家の出窓に陣どって道行く人に声をかけている。率直を通りこして、しばしば無礼である。人の話を聞いておらず、しょっちゅう聞きまちがいと言いまちがいをする。しかし、心根は優しい純粋な男として描かれる。常に無一文の彼には失うもののない強さがあり、ある自由な空気をまとっている。「粗にして野だが卑ではない」という人物像である。タージェッティン氏曰く、「カラギョズは、学はないけれど人生という名の学校で学んだ男だよ」。
カラギョズを演じる際、カラギョズ師たちは、ドスのきいた同間声を出す。がなりたてるようなしゃべり方はたいへんだというが、タージェッティン氏はカラギョズを演じるのがいちばん楽しいという。おそらく、オスマン朝時代の庶民たちと同じようにタージェッティン氏も、粗暴だが優しく、わが道を行く、どこか滑稽なこの男の魅力を理解し、ひかれているのだろう。

*  *

次回は、名前だけ出てきたカラギョズの相方・ハジバット。常に『カラギョズとハジバット』とふたり1組で認識される、もうひとりのほうを紹介する。


完成形のカラギョズとハジバット。いろいろな色の革を縫い合わせるのではなく、部分ごとに彩色されている。


子ども向け「カラギョズ」の本。英語とドイツ語にも訳されている。内容は台本とぬり絵。おまけでシールもついている。が、あまりかわいくない(©Filiz Yayıncılık/フィリズ出版)