―主人公の子どもたちが活躍することはもちろんですが、一方で「いい大人」が登場することも、児童書には重要であるとも言われますね
M・İ:実は、児童向け・ヤングアダルト向け作品を形にするにあたり、「いい大人」とは何か、ということについて、編集部と相当な議論を重ねました。失敗することを恐れないひと! だといえるでしょう。私の頭の中で「大人」への回答はこれです。でも同時に、愛することを恐れないひと、でもあります。
自分の周囲を見まわしたとき、愛することを恐れるひと、というのは数限りなくいるのだということに気がつきました。それゆえに、互いにあげつらい、憎悪を抱く大人たちでこの世界はあふれているのではないか、と。
―子どもと本の出会いが、周囲の大人を経由するというのは、ひとつ大きなルートです。現在のトルコの「子供に本を与える大人」である、両親や教師といったひとたちの「子どもと本」に対する認識はどういったものでしょう
M・İ:これは非常に難しい問題です。現代トルコにおいて、両親は、子どもの本を自分自身の恐怖の限界、つまり理解できる限界を超えない立場や視点からしか見ようとしません。これは、非常に危険なことだと考えます。教師のなかには、一生懸命に努力して本を与えようとしているひともいますが、そういったひとたちの善意のがんばりは、しばしば報われずに終わります。
―ミュゲさんの作品を読んだ子どもたちから手紙が届くことはありますか
M・İ:たくさん手紙をもらいます(昨今では、メールやオンラインツールなどで便りをもらうことが多いですが)。どの手紙も楽しく、私を驚かせてくれます。本を気に入ってくれたと書いてくれるのは嬉しいです。そして、思いもよらない箇所に目を留めてくれるので、私はいつも驚かされています。「このお話の最後を、こういうふうに書いてみました」というお便りをくれる小さな読者もいます。
―新しい児童向け・ヤングアダルト向け作品を書くとき、まず編集者と相談しますか
M・İ:新しい作品を手がけるときは、ミュレン・ベイカンと話します。児童向け・ヤングアダルト向け作品の分野というのは、実は私にはまだ新たな世界であり、いまだに失敗をおかしてしまう分野なものですから……。ありがたいことに、彼女はいつもできるかぎりの手助けをしてくれます。
―現在、手がけていたり、構想を練っている新しい児童向け・ヤングアダルト向け作品はありますか
M・İ:いまの段階で考えている新しい児童向け作品は、あるとも言えるし、ないとも言えますね……。頭の中にはどんどん色んなことが浮かんでくるんです。でも、まず終わらせなくてはいけない一般向けの小説を抱えていまして。先に、その作品を書き上げてしまわなくてはなりません。
そうしながらも、児童向け作品の構想や発走が頭の中でかけ回っているんです。頻繁にメモを取ってはいますが、いま抱えている小説を終わらせずには新しい児童向け・ヤングアダルト向け作品には取りかからないぞ、と自分に言い聞かせているところです!
●ミュレン・ベイカンのひとこと
―今後、ミュゲ・イプリッキチさんはどのような本を書くのでしょう
ミュゲ・イプリッキチは、特にヤングアダルト向け作品で、より自由に書ける作家だと思います。彼女が描く、不運な境遇に生まれ、つまはじきにされる若者の人生をテーマにした作品は、非常に重要だと考えています。今日のトルコにおいても、胸の痛むような若者たちの問題は存在しますし、同時に、ミュゲが優れた観察者であるということもわかります。
『うそつきの目撃者』や『かくれんぼ』といったヤングアダルト小説に続く新しい作品のためのメモが、もちろんあります。ほかにも、小さな読者のため、挿し絵も多く使った哲学のおはなしを書きたいと考えているようですよ。
https://en.gunisigikitapligi.com/book/yalanci-sahit/
(『うそつきの目撃者』英語の紹介ページ)
https://en.gunisigikitapligi.com/book/saklambac/
(『かくれんぼ』英語の紹介ページ)
●著者紹介
(ミュゲ・イプリッキチ)
イスタンブル生まれ。アナドル高校卒業後、イスタンブル大学英語学・英文学学科を修了。イスタンブル大学女性学学科および、オハイオ州立大学で修士課程修了後、教員として勤務する。
当初は短編で知られていた。『タンブリング』(1998)をはじめとして、『コロンブスの女たち』、『明日のうしろ』、『トランジットの乗客』、『はかなきアザレア』、『短気なゴーストバスターズ』、『心から愛する人びと』など。小説には『灰と風』『ジェムレ』(アラビア語に翻訳された)、『カーフ山』(英語に翻訳された)、『美しき若者』、『父のあとから』、『消してしまえ頭から』など。これに加え、『廃墟の街の女たち』、『ピンセットが引き抜くもの』(ウムラン・カルタル共著)、『わたしたちは、あそこで幸せだった』などの論考を発表している。現代という時代、日常の中にある人びと、人間関係、人間関係の一部である女性に関するテーマを好んで取り上げる。
児童・ヤングアダルト向け作品には、『とんだ火曜日』(ドイツ語に翻訳された)、『不思議な大航海』、『目撃者はうそをついた』、『隠れ鬼』、『石炭色の少年』、『アイスクリームはお守り』、『おはようの貯水池』など。
トルコ・ペンクラブ女性作家委員会の委員長を4年務め、長年、研究者及びコラムニストとしても活動した。現在、メディアスコープtvにおいて「オリーブの枝」、「シャボン玉」という番組のプロデューサー兼司会者を務めている。また、子どもたちと共に出版した雑誌「ミクロスコープ」の編集長でもある。
©Müge İplikçi
Müren Beykan
(ミュレン・ベイカン)
1979年、イスタンブル工科大学を卒業。1981年、同大学建築史と修復研究所で修士を、2004年にはイスタンブル大学の文学部考古学部で博士を修める。博士論文は、2013年、イスタンブル・ドイツ考古学学会によって書籍化された。1980年以降は、1996年にイスタンブルで開催されたHABITAT II(国連人間居住会議)のカタログの編集など、重要な編集作業に多く参加する。
1996年、ギュンウシュウ出版創設者のひとりとして名前を連ねる。現代児童向け文学、ヤングアダルト文学の編集、編集責任者、発行者として活動する。ON8文庫創設後は、ギュンウシュウ出版と並行して、こちらの編集責任者も務めている。
(写真は、ミュゲ・イプリッキチのYouTubeチャンネル「オリーブの枝」に出演したときのもの)
●著者紹介
鈴木郁子(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)