企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第6回 
ミュゲ・イプリッキチに聞く6

―ミュゲさんの児童向け・ヤングアダルト向け作品についておうかがいします。そして、担当編集者のミュレン・ベイカンさんにひとこといただきます。
まず、児童向けに作品を書くきっかけはあったのですか
M・İ:ずっと児童向け作品、ヤングアダルト向け作品を書きたいと思ってはいたんです。難しいジャンルですから、自分を試したいとも考えていました。この試験に受かるかどうかは、「学校」が決めてくれる、と。

そう考えた最初のころの高揚感と、いま現在の高揚感のあいだに、挑戦という意味で変化はありません。どの作品も、新たな高揚感をもたらしてくれます。『とんだ火曜日』から始まった学びの道で抱き続けてきた意気ごみは、ほかの児童向け作品に対しても変わっていません。どの作品においても、力を尽くしてきたことを私は隠そうと思いません。本当の意味で「働いた」し、楽しかったのです。それに、いまも楽しいのです。
 

© Günışığı Kitaplığı/Müge İplikçi

 
―発表の場にギュンウシュウ出版を選ばれた理由はなんですか。後に担当編集者となるミュレン・ベイカンさんと初めて会われたときの印象も含めてお願いします
M・İ:ギュンウシュウ出版を選んだ一番大本の理由は、児童向け作品、ヤングアダルト向け作品というジャンルにおいて、トップを走る出版社だからです。私の頑張りを無駄にすることはしない出版社だと知っていたからです。それに、編集者も非常に優れた人たちだとわかっていました。というわけで、最初の作品『とんだ火曜日』を初めて編集部に見せたその日から、私は後悔したことはないし、これからも後悔することはないと気がついていました。
 
編集部とは本当にたくさん話し合いました。特に『とんだ火曜日』については……。でも、その努力はきちんと報われました。
 
ミュレン・ベイカンと初めて会ったとき、とても親しみやすくかつ有能なひとだと思いました。時が過ぎるにつれて、この第一印象は揺らぎないものになりました。いまでは、私たちの友情は著者と編集者としてだけものではありません。人生の親友です。
 

― 一般書籍は研究を発端にテーマが決まっていますが、児童向け作品の場合はどうですか
M・İ:これまで私が手がけてきた一般書は、確かに、研究を発端とするものがほとんどでした。でも、今後も同じであるかは私にもわかりません! 児童向け作品から感じるワクワク感であったり、私にペンを取らせる高揚感がなんであっても、一般書にも同じだけのものをぶつけたいと思っているからです。児童向け、ヤングアダルト向けに書いた作品が、私の「文学」に新たな扉を開いてくれること、そして経験を積ませてくれることが大切なのです。
 
今後、私と文学との関係に新たな音色をもたらしてくれると考えています。
 

―児童向け作品でも社会的なテーマが多いように思われますが、なぜですか
M・İ:児童向け作品のために選ぶ社会的テーマは、若い読者たちに、気づいてもらいたいと思うことです。世界は、ふわふわしたなんでもうまく行く、という場所ではない、ということを。若い読者にもそれを考えてもらいたいのです。
 
 
 
●ミュレン・ベイカンのひとこと
―ミュゲ・イプリッキチさんと初めて会われたとき、児童・ヤングアダルト作品についてどのようなことを話されましたか
2009年春のことです。親愛なるミュゲが1冊の児童向け作品の原稿を持って現れました。彼女の一般向けの作品は読んでいましたが、会うのは初めてでした。チャイを出し、ミュゲが飲んでいるあいだに目を通しました。すぐに、これはいいなと思いました。あたたかく、人間を描くものがたりでした。

これまで一度も児童向け作品を書いたことがないということで、彼女自身には戸惑いがあったと思います。自分の書いたものは、子どもたちが読むにのふさわしいか、ということを知りたがっていました。それで、一緒に作品について作業を始めることにしたわけです。

私が最初にしたことは、ミュゲに、読むべき作品の長いリストを渡すことでした。すばらしい児童向けのものがたり、長編短編ふくめてです。いずれも一般の読者が読んでも楽しい作品です。そして、何回か顔を合わせては、本と児童向け文学について細部にいたるまでじっくり話し合いました。「子どものために」とはなんであるか。あるものがたりを子どもが読むとして、子どもの主人公が登場すればそれで十分なのか。そして、「年齢別」の作品はいかに形作られるものか。などが重要なテーマでした。

ミュゲは、質のいい児童向け作品についての研究に非常にまじめに、徹底的に取り組みました。その結果として、時間が欲しいと言い、姿を消したのです。何か月もかけて書きなおし、まったく新しい作品を送ってきました。

彼女が創作力の高い作家であることは知っていましたが、書き直された作品を読んで、私は文字通り飛び上がり、すごいことになったと思いました。原稿を出版するためにすぐ動きはじめました。そして、現在では24刷を数える『とんだ火曜日』という作品の挿し絵とデザインを、有名なアーティストのムスタファ・デリオールに依頼したのです。

その後、新たな児童向け・ヤングアダルト向けの作品をミュゲは生み出すことになります。すべての作品ごとに私たちは徹底的に話し合い、彼女が届けたい年齢の子どもたちのために、どう純粋なものにしていくかを考えてきたのです。

https://en.gunisigikitapligi.com/books/ucan-sali/
(『とんだ火曜日』英語の紹介ページ)
 
 

 ●著者紹介


Müge İplikçi
(ミュゲ・イプリッキチ)
イスタンブル生まれ。アナドル高校卒業後、イスタンブル大学英語学・英文学学科を修了。イスタンブル大学女性学学科および、オハイオ州立大学で修士課程修了後、教員として勤務する。
 
当初は短編で知られていた。『タンブリング』(1998)をはじめとして、『コロンブスの女たち』、『明日のうしろ』、『トランジットの乗客』、『はかなきアザレア』、『短気なゴーストバスターズ』、『心から愛する人びと』など。小説には『灰と風』『ジェムレ』(アラビア語に翻訳された)、『カーフ山』(英語に翻訳された)、『美しき若者』、『父のあとから』、『消してしまえ頭から』など。これに加え、『廃墟の街の女たち』、『ピンセットが引き抜くもの』(ウムラン・カルタル共著)、『わたしたちは、あそこで幸せだった』などの論考を発表している。現代という時代、日常の中にある人びと、人間関係、人間関係の一部である女性に関するテーマを好んで取り上げる。
 
児童・ヤングアダルト向け作品には、『とんだ火曜日』(ドイツ語に翻訳された)、『不思議な大航海』、『目撃者はうそをついた』、『隠れ鬼』、『石炭色の少年』、『アイスクリームはお守り』、『おはようの貯水池』など。
 
トルコ・ペンクラブ女性作家委員会の委員長を4年務め、長年、研究者及びコラムニストとしても活動した。現在、メディアスコープtvにおいて「オリーブの枝」、「シャボン玉」という番組のプロデューサー兼司会者を務めている。また、子どもたちと共に出版した雑誌「ミクロスコープ」の編集長でもある。
 
 
©Müge İplikçi



Müren Beykan
(ミュレン・ベイカン)
1979年、イスタンブル工科大学を卒業。1981年、同大学建築史と修復研究所で修士を、2004年にはイスタンブル大学の文学部考古学部で博士を修める。博士論文は、2013年、イスタンブル・ドイツ考古学学会によって書籍化された。1980年以降は、1996年にイスタンブルで開催されたHABITAT II(国連人間居住会議)のカタログの編集など、重要な編集作業に多く参加する。

1996年、ギュンウシュウ出版創設者のひとりとして名前を連ねる。現代児童向け文学、ヤングアダルト文学の編集、編集責任者、発行者として活動する。ON8文庫創設後は、ギュンウシュウ出版と並行して、こちらの編集責任者も務めている。
(写真は、ミュゲ・イプリッキチのYouTubeチャンネル「オリーブの枝」に出演したときのもの)
 


 
 
●著者紹介

鈴木郁子(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。

帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)