企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第3回 
ミュゲ・イプリッキチに聞く3

 
―最初の作品『タンブリング』は1998年に発表されました。実現までの道のりを教えてください。また、あれば、1996年のヤシャル・ナービ・ナユル若手作家文学賞(※注1)受賞(1996)、またハルドゥン・タネル文学賞(※注2)第三位入賞(1997)との関連についてもお願いします
M・İ:1998年8月、『タンブリング』が発行されて、私の一番大きな夢のひとつが現実になりました。そのすぐあとにも、もうひとつの夢が実現するのですが。1998年9月、息子アリ・デニズ・チャクルが、私たちのもとに来てくれたのです。それぞれ私にとって、違う種類の喜びをもたらしてくれました。人生が「あなたの声を聞いていますよ」と、言っているようでした。
 

©Müge İplikçi/©Everest Yayınları
『タンブリング』(1998)
初版はイレティシム出版


『タンブリング』には、受賞した2本の短編が収められています。特に「芍薬たち」には、特別の意味があります。これは、私が初めてきちんとした作品として書いた最初の短編であり、何年かのちに、ヤシャル・ナービ・ナユル若手作家文学賞を受賞した短編なのです! 私が「書くこと」をあきらめなかった、その証なのです……。
 
ハルドゥン・タネル文学賞は、最近ですと2年に1回の開催です。いまでは、原稿でも応募を受け付けています。まだ作家としてはかけ出しというときに、たった一本の短編でこの賞の第三位を獲得できたことは、とにかく幸せでした。このまま、続けていけると思いました。
 
ハルドゥン・タネル文学賞が、きっかけとなったことがあります。『タンブリング』は丸々一年、出版が見送られていたんです。それがこのタイミングで、イレティシム出版の親愛なる編集者ジャン・コザンオールのおかげで、素晴らしい船出を迎えることができました。書評も非常に肯定的でした。それに、私はそのすぐあとに、アメリカのオハイオ州立大学でトルコ語教師として勤務していたときにまとめていたレポートを本にして、読者の前に立つつもりだったんです。その本が『コロンブスの女たち』です。
 
 

©Müge İplikçi/©Can Yayınları
『コロンブスの女たち』(2000)
短編集。2021年12月、装丁も新しく復刊した。初版はイレティシム出版


トルコでも指折りの出版社のひとつから、その年の12月に刊行されることになっていました。
 

―『タンブリング』でも、女性を取り巻く問題がテーマとなっています。作中の女性たちは問題を抱えながらも、それに簡単に屈することはしません。これはミュゲ・イプリッキチさんの重要なテーマであり、研究の主題であり、今後も書き続けていくものでしょう。
それをふまえ、この最初の作品を2021年のミュゲ・イプリッキチとしてご覧になったとき、思うことはありますか
M・İ:確かに、女性問題はまさしく私のテーマですね! 私の作品に登場する、問題に立ち向かう女性たちは、どんな状況であっても、決してあきらめることはしません。ほぼすべての作品で、そういった女性の姿を描いてきました。2021年のいま、以前の作品をふり返ると、このテーマで「書く価値」というものを大きく感じます! 私は、よいテーマの選択をしたと思いますよ。
 
 

©Müge İplikçi/©Can Yayınları
『トランジットの乗客』(2002)
短編集。2021年装丁が新しくなった。各話をつなぐニダという女性が飛行機に乗りこむところから始まる

 

―少し話をもどします。ヤシャル・ナービ・ナユル文学賞を受賞した作品の内容を教えてください
M・İ:先ほども述べたように「芍薬たち」です。私にとってこの作品は、揺らがない最初の作品であり、受賞作品です。
 
台所の清掃のせいで節々が太くなった手で、貧しいひとりの女性がチャイをいれながら、幻の中のある女性に語りかけます。シャカユク(訳注:トルコ語の芍薬。ここでは女性名として用いられる)に向けて。物語はそうやって進んでいきます。しばらく読み進むと、貧しい女性の名前もシャカユクであることがわかります。ふたりのシャカユクのうち、どちらが現実なのか、その答えは読者に委ねました。時間と場所を用いて遊ぶこと。それが、創作しているときの私が夢中になる作業のひとつです。
 
くり返しになりますが、「芍薬たち」は、私の最初の作品であり、文学賞の審査員にトルコ文学で最高峰の作家のひとりレイラ・エルビル(注3)がいて、私の作品を読むと「素晴らしい若い才能ですね」と言ったそうです。何年もたってお目にかかったとき、「ええ、私たち、あなたを選びましたよ。でも私は、あなたが文学でこれほど伸びるとは、正直に言って想像していませんでした」と言っていただきました。
 

―受賞した日を覚えていらっしゃいますか
M・İ:受賞した日……特に楽しくもない、平凡な日でした。それが、自分がいる部屋と家が光に満ちたみたいになりました! 夕方でしたけれど。「ヴァルルック」誌の編集長、故エンヴェル・エルジャンが電話をして、素晴らしいニュースを伝えてくれたのです。
 

―ハルドゥン・タネル文学賞を受賞した日はいかがでしたか
M・İ:朝食の席で知ったんでした。この連絡をくれたのはセミフ・ギュミュシュ(注4)でした。このふたりの名前は、生涯、私の文学世界の特別な場所にあるし、あり続けると思います。
 

―ふたつの文学賞を受賞した事実は、ミュゲ・イプリッキチさんの作家としてのふるまい方に、何か変化をもたらしましたか
M・İ:正直に言いまして、何も! 私はただ、書き続けるだけです。
 
 
 

 

©Müge İplikçi/©Can Yayınları
『心から愛する人びと』(2020)
最新の短編集。「心から愛した」がゆえに、人生を分断するような痛みを抱える人びとを描く

 

注1:ヴァルルック出版が主催する、出版社の創設者ヤシャル・ナービ・ナユル(1908~1981。トルコの詩人、作家、出版人)の名を冠した、30歳以下の若手作家を対象とした文学賞。詩と短編の2部門がある。毎年、ヴァルルック誌で受賞者が発表される。
注2:ミリイェット紙が主催する、ハルドゥン・タネル(1915~1986。トルコの短編作家、劇作家、記者)の名を冠した文学賞。その年の最も優れた短編作品を発表した作家に送られる。
注3:1931~2013。トルコの作家。1950年代を代表する作家のひとり。
注4:1956~。トルコの出版人、評論家。作家としても活動している。
 
 

 ●著者紹介


Müge İplikçi
(ミュゲ・イプリッキチ)
イスタンブル生まれ。アナドル高校卒業後、イスタンブル大学英語学・英文学学科を修了。イスタンブル大学女性学学科および、オハイオ州立大学で修士課程修了後、教員として勤務する。
 
当初は短編で知られていた。『タンブリング』(1998)をはじめとして、『コロンブスの女たち』、『明日のうしろ』、『トランジットの乗客』、『はかなきアザレア』、『短気なゴーストバスターズ』、『心から愛する人びと』など。小説には『灰と風』『ジェムレ』(アラビア語に翻訳された)、『カーフ山』(英語に翻訳された)、『美しき若者』、『父のあとから』、『消してしまえ頭から』など。これに加え、『廃墟の街の女たち』、『ピンセットが引き抜くもの』(ウムラン・カルタル共著)、『わたしたちは、あそこで幸せだった』などの論考を発表している。現代という時代、日常の中にある人びと、人間関係、人間関係の一部である女性に関するテーマを好んで取り上げる。
 
児童・ヤングアダルト向け作品には、『とんだ火曜日』(ドイツ語に翻訳された)、『不思議な大航海』、『目撃者はうそをついた』、『隠れ鬼』、『石炭色の少年』、『アイスクリームはお守り』、『おはようの貯水池』など。
 
トルコ・ペンクラブ女性作家委員会の委員長を4年務め、長年、研究者及びコラムニストとしても活動した。現在、メディアスコープtvにおいて「オリーブの枝」、「シャボン玉」という番組のプロデューサー兼司会者を務めている。また、子どもたちと共に出版した雑誌「ミクロスコープ」の編集長でもある。
 
 


©Müge İplikçi
 
 
●著者紹介


鈴木郁子(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。

帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。
 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)