マギノビオンの第四枝
ウェールズの神話『マビノギオン』には四つの物語(四枝と数える)が含まれるが、その中の四枝目、「マソヌウイの息子マース」には、魔法によって花から作られた女、ブロダイウィズが登場する。事の次第はこうだった。
マソヌウイの息子でグウィネズの領主マースは、戦っているとき以外は、処女の膝に足を乗せていなければならなかった。新たに乙女が必要となった時、甥のグウィディオンは、姉の(その上ひそかに妻でもある)アリアンロッドを推薦した。アリアンロッドはマースの魔法の杖をまたいで、自らが処女であることのあかしを示さねばならなかった。
しかしアリアンロッドは、杖をまたいだ瞬間、双子の男児を産み落とした。一人はディランであるが、生まれてすぐに海に去ってしまった。もう一人については、アリアンロッドは三つのゲッシュ(禁忌)を定め、認知を拒否し、武器を持つこと、妻をめとることを禁じられた。だが、魔法が使えるグウィディオンは策略を用いてその子にフリュウと名づけ、武器も持たせるよう計らった。その上で、オークの花とエニシダと西洋ナツユキソウを集めて美しい女を作り、ブロダイウィズと名付けて、フリュウに妻として与えたのである(このことから、グウィディオンがフリュウの父であることが察せられる。また、アリアンロッドは母性を拒否する女性として描かれているらしい)。
ところがブロダイウィズはフリュウの留守中に訪れた客人グロヌーと恋に落ち、彼とたくらんでフリュウを殺そうとする。たった一つの弱点を、ブロダイウィズから聞き出したグロヌーは、フリュウを射殺そうとするが、矢を受けたフリュウは逃げ、グウィディオンに鷲の姿に変えられて助かる。そしてフリュウは復讐のため、逆にグロヌーを射殺し、騒ぎの原因となったブロダイウィズは罰として、グウィディオンによってフクロウの姿に変えられてしまう。花から生まれた女は、今度は夜の鳥として森の中をさまようこととなったのである。
神話を繰り返す物語
この話の舞台となった山深いウェールズの谷間の村では、この三角関係の悲劇が幾世代にもわたって繰り返されてきた、というのが『ふくろう模様の皿』のストーリーである。少女アリスンとその母、母の再婚相手クライブとその息子のロジャが村に避暑にやってきた。屋敷にコックとして雇われたナンシイとその息子のグウィン、謎めいた作男のヒュー、この三人は地元のウェールズ人である。アリスンが屋根裏で見つけた皿に描かれていた模様を紙に写し取り、さらにそれを切り抜いてフクロウを作り解き放った時から、彼女にはブロダイウィズが憑依し、ロジャはグロヌー、グウィンはフリュウの役割があてはめられ、三人は神話の筋に巻き込まれてゆく。
複雑な人間関係
それだけではない。ナンシイがアリアンロッドであることを暗示する場面があり、ヒューはグウィンに対して魔法使いグウィディオン役を演じている。ヒューはグウィンに向かって父親の名乗りを上げるが、それが本当かどうかは(神話通り)明らかではない。ナンシイは、屋敷の元所有者であったアリスンの遠縁の故バートラムと明らかにつながりがあるようだし、彼の死にはヒューが関わっていた可能性もある。アリスンの母マーガレットも謎の人物である。彼女もまた「花」の名前を持ち、現在の再婚相手であるクライブに早くも不満を持っている様子。今はなきバートラムに対し、非常に感情的であるのも謎の一つである。一方、ロジャは美しい母に父ともども捨てられたことに傷ついていて、その経験からいまだに回復していない。
ウェールズ人であるうえに労働者階級の青年であるグウィンが、故郷の村に見切りをつけて都会に出てゆくか、それとも自らの王国であるこの谷にヒューの息子として暮らしてゆくか。そんな葛藤も絡んでいる。ロジャ、アリスン、グウィンの三角関係は、とりあえず非を認めたロジャの和解と歩み寄りによって解決し、アリスンはフクロウの憑依から解放されるのだが、この物語に深く食い込んでいる因縁はそう簡単に解けるものではない。
解けていない問題
実はアリスンが、作者の意図に反してか、グウィンに惹かれているというよりは義父のクライブに惹きつけられているという点。ロジャの謝罪は、彼がグウィンのプライドを傷つけたこと―ウェールズ人であるグウィンがひそかに「正しい英語」を身につけるため努力していたことを笑った―に対して行われたのであって、三人の間の愛憎関係は何ら変化していないこと。しかも、ひょっとすると三角関係は違う人物間にもダブりつつ展開している可能性が読み取れること。三人それぞれの将来の問題もまた何も解決していない。アリスンはまだ母との確執を残しているし、ロジャは父からの自立という課題を残している。グウィンもまだウェールズ人としてのアイデンティティを選び取ったわけではない。
多くの人がこの物語を神話との見事な二重構造と読み解いているにもかかわらず、まだまだ謎が残っているのである。階級問題と民族問題をやや安易に重ねてしまったガーナーは、彼の意図以上の人間関係を谷間にもたらしてしまったのかもしれない。
ウェールズの谷間を訪ねて
舞台となった場所を訪れたのは10年以上前になるが、山に囲まれた谷間は出口が一つしかなくて、どこで何をしても見えてしまうような閉鎖空間だった。行き場を失った人間の感情がどろどろと溜まって堆積すれば、神話にもなってしまうだろう。そんなところだった。すでに過疎化した村には小屋のような教会が一つ。グロヌーの石(矢で射抜かれた跡がある)が立つ川のほとりには草が生い茂り、オークの木もあるしエニシダも西洋ナツユキソウもあっただろうが覚えていない。
花で作られた乙女
オークは楢の木の種類で、花は雄花と雌花がある。と言ってももちろん花らしい花びらがあるようなものではない。尾状花序と呼ばれる細長い円筒状の花の集まりで、風媒花であるから虫を惹きつける必要もなく、黄緑色の地味なものだ。それに対してエニシダは黄金色の蝶のような花をつける灌木で大変美しい。マメ科の植物だが全草に毒があるらしい。西洋ナツユキソウは英語でメドウスウィートと言い、白く細かい花が多数集まって咲く草である。これは古くから薬草として珍重され、鎮痛、解熱効果がある。乾かしたものを床などに撒くドローイング・ハーブとしても用いられた。また、花びらからはアスピリンが取れる。
物語の最後で、眠るアリスンの上に、フクロウの羽から花に変わったオーク、エニシダ、ナツユキソウの花びらが、降るように落ち続ける場面は言いようもなく印象的だ。だが、古の魔法使いグウィディオンがなぜこの三つの花を集めて乙女を作ったのかはわからない。
第7回