企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第1回


──協会の設立までの道のりからおうかがいできますか?

セルピル・ウラル(以下、S・U) 児童・ヤングアダルト図書協会の設立の話が最初にもちあがったのは、1979年のことでした。この年は国際児童年で、トルコ国内でもブックフェアーやセミナー、カンファレンスなどがおこなわれ、そのなかから出てきたのです。まずは、この協会の設立に関心をもってくれた人を集め、意見の交換をおこない、一丸となって国内国外での呼びかけをすることからはじまりました。こうやって子どもの本の重要性を浸透させ、親世代や教育関係者──要は子どもたちに関わるすべての大人、ですね──に子どもの本を意識させ、かつ本自体の精度もあげていくことから着手しました。

──当時、セルピルさんご自身の状況はどのようなものでしたか?

S・U 私の最初の作品が刊行されたのが、この1979年です。そして、イスタンブルでの国際児童年のカンファレンスに、正に私も参加していました。そこでIBBYの存在を知ったのです。年内にスイスへ飛び、バーゼルにあるIBBY本部を訪ねて会員になりたい旨を伝えました。すると本部から、個人会員になるのもよいけれど、トルコでIBBYの窓口となるような機関を立ち上げ、トルコの機関として会員になってほしいとすすめられました。それを受けて私はトルコへもどり、児童図書に関連して活動していた方々とÇGYDの前身となる会を立ち上げたのです。

──トルコとIBBYのつながりはすでにあったのですか?

S・U 1950年代、トルコはIBBYに加盟していました。1956年には、エフラトゥン・ジェム・ギュネイ(1896~1981。トルコ民話研究者、作家)、1958年にはジャーヒット・ウチュク(1911~2004。作家、児童文学作家)、1960年には再びギュネイがIBBY主催の国際アンデルセン賞にノミネートされたこともあります。受賞はなりませんでしたが、名誉会員となりました。ですが、以降の会費をトルコは払える状況になかったため、残念ながらIBBYを脱退せざるを得なくなります。
こうして1979年を迎え、過去の状況を知っていた図書館学のメラル・アルパイ教授、ナベイ・オンデル(児童文学作家)が、新たにIBBYの窓口となり得る児童図書の協会をつくろうと動きだしていました。私は、お二人に加わりました。

──設立の活動は順調に進みましたか?

S・U 私たちが協会設立に奔走していた1980年代、トルコで軍事クーデターが起きました。クーデター以降、協会設立の活動もストップしてしまいました。多くの時間が無為に流れ、教会の設立が実現したのは、1994年です。当時は、児童図書協会(Çocuk Yayınları Derneği)という名前でした。設立に名を連ねたのは、フェティフ・エルドアン(児童文学作家)、ナディル・エルギン・テルジ(児童教育研究)、ギュルテン・ダユオール(作家)、ジャン・ギョクニル(画家、児童文学作家、挿絵画家)、メラル・アルパイ、アイラ・チュナルオール(児童文学作家、挿絵画家)、そして私セルピル・ウラル。
 その後、ヤングアダルトの作品も重要であると考え、協会は現在の「児童・ヤングアダルト図書協会(Çocuk ve Gençlik Yayınları Derneği)」となるのです。

児童・ヤングアダルト図書協会(Çocuk ve Gençlik Yayınları Derneği)

 
 
 
 



Serpil URAL(セルピル・ウラル)
 
1945年、トルコのイズミル生まれ。イスタンブルのウスキュダル・アメリカン高校、アメリカのブラッドフォード・ジュニア・カレッジ、イスタンブルの公立芸術学院(現在のマルマラ大学芸術学部)を修了。広告会社でコピーライター兼グラフィックデザイナーとして活動する。1978年から児童書に携わり、1980年にはミュンヘン国際児童図書館で長期の研修を受ける。1986年、第5回野間国際絵本原画コンクールで佳作を受賞。トルコ国内でも1997年にルファット・ウルガズ笑い話文学賞、トルコ・イシ銀行児童文学大賞を受賞。IBBY会員。
ウィスコンシン州国際アウトリーチコンソーシアムでの児童文学講演会で2003年の講演演者を務めるなど、国際的にも広く活動している。
 


©Serpil URAL