企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第87回 

ギュンウシュウ出版2026年夏の新刊①

1.Kayıp Kuş Sesleri / 消えた鳥の声

ギュンウシュウ出版創立30周年を記念して新たに立ち上げた「ミステリアス・アドベンチャー・シリーズ」の第一作。ミステリー作家スアト・ドゥマンによる「マルス・ヴルペス」シリーズの第一作でもある。
 
学校で起こる不可解なできごとを追う3人組の物語。鋭い感覚を持つ主人公マルスの目を通して、校庭にまん延する奇妙な静寂と消えた鳥の声の謎を追う。
 
小学校中学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
マルス・ヴルペスは毎朝、両親のどちらかに車で学校まで送ってもらう。いつもどこかで道の工事をしているのであちこち回り道をしなくてはならないが、今朝はすべての道路が封鎖されていた。それで、父さんがマルスを車から降ろしたあと、学校までは通り2本と公園を越えなければならなかった。
父さんは「これまで馬に乗ってしかここに来たことがないだろう、カウボーイくん」と、いっしょに見た映画を思い出してマルスをからかった。「今回は歩いて砂漠を横断するしかないな」
 
マルスは車から降りながら笑った。公園を歩いていくと、角のゴミ箱の横にキーホルダーを見つけた。
 
龍のもようが刻まれたキーホルダーには、3つのカギが付いていた。T字型をした太くて平たいカギは、まちがいなく玄関のドアを開けるもの。まんなかのカギは、知りたがりのアヒルのように細い首を伸ばしていて、きっとアパルトマンの出入り口用。3つめはすごく小さいので、持ち主は自転車のチェーンロックのカギに使っていたに違いない。
 
マルスはほかの子どもたちのように、顔をそむけて立ち去ったのだろうか? いや、そんなことはしない。かがみこんで地面に落ちていたキーホルダーを拾いあげた。そして、楽しそうにキーホルダーをくるくる回しながら歩きつづけた。
 
マルスの学校は古い石造りの建物で、眺めているだけで安心する。校舎の窓や校庭から外を眺めるのも気持ちがよくて心が落ちつく。学校から世界を見下ろしているかのようだった。学校は天の川銀河に輝く星で、そこから地球や、銀河の惑星を眺めているような感じがする。すると探検家や冒険家、宇宙飛行士になったかのように感じられて、マルスは息をのむくらいに心がおどるのを感じる。
 
でも2年前、学校の背後にそびえ立つ超高層ビルの建設が始まってから、マルスは幸せではなくなった。超高層ビルに特に不満があるわけじゃない。ただ自分の住む地域を今のまま残しておきたかっただけだ。それに、工事の中断と再開を繰り返すこの超高層ビルは、ファンタジー小説に出てくる闇の塔を思い出させたし。
 
マルスはつぶやいた。
 
「でも、ここは物語の世界じゃないんだぞ。それにエルフの軍隊は、こんなみにくい建物なんかからぼくたちを助けに来てくれないよ!」
 
マルスは名前だけれど、ヴルペスは苗字ではなくて母さんがつけたニックネームだ。赤毛で耳がとがったマルスを「ヴルペス・ヴルペス」(注:トルコ語でvulpesはキツネのこと。Vulpes vulpesは最も一般的な『キツネ』であるアカギツネ)と呼んだのは、母さんが最初だった。
 
まだ生後10カ月のころ、マルスはサッカーボールみたいに家中をはいはいして回り、母さんが失くしたものはなんでも見つけていた。そもそも、母さんがものを見つける名人だった。母のラーレさんは考古学者で、2455年8ヶ月11日前に少女がなくしたサンダルの片方を見つけた。いたずらずきなヒッタイト人の子どもが取っ手を壊した壺のかけらも見つけた。1555年11ヶ月28日7時間前にイチイの木の下にうめられた宝物がいっぱいの壺を、うめた兵士がたどりつく前に発見したこともあった。かわいそうな兵士は壺をどこに隠したか忘れてしまったにちがいない。専門家チームとともに、ローマ時代の下水道システムの発掘もした。そのシステムはまだ機能していたけれど、運よく長い間だれも使っていなかった。そうでなければ、何世紀も積もりに積もった下水の悪臭が、歴史の匂いをかき消していたはず。
 
だからマルスの鋭い感覚は母さんゆずりなのかもしれない。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
ある朝、マルス・ヴルペスは校庭で奇妙なことに気がつく。いつもおしゃべりをしているオウムの声が聞こえない。さらに、優勝トロフィーが行方不明になり、先生たちが幽霊について奇妙な質問をして回っている。
 
マルスと友人のギュネシ、ジェミルが手がかりをつなぎあわせていくと、隠された仕掛けと意外な計画が静寂の裏から浮かびあがってくる。学校を活気づけていた鳥のさえずりを消したのは誰なのか、そしてその理由は? 3人は解決にのりだす。

作家プロフィール


Suat Duman
(スアト・ドゥマン)
1977年、トルコ北東部のカルス生まれ。アンカラ大学法学部を卒業。弁護士として勤務するかたわら、犯罪小説の執筆を開始する。最初の作品『殺人の季節』(2009)に続き、『時効の犯罪』(2011)、『世界の死体』(2015)を発表。2012年、友人4人とともにアラカルガ出版社を設立する。
著書『アライグマ』(2018)は、2018年のデュンヤ出版ブックアワードで推理小説部門年間最優秀賞に選出された。全10巻からなる歴史犯罪シリーズ(総題「1918」)の最初の2巻、『恐怖、恐怖!』と『わが心、無人の故郷』が2020年に出版。その後、続刊の『彷徨う幽霊』(2021)、『解剖学の授業』(2025)が刊行された。
ギュンウシュウ出版から、著者初の児童向け作品となるマルス・ヴルペスのシリーズ第1巻『消えた鳥の声』(2026)が刊行された。
イスタンブル在住。
 
  
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。 
 
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)