企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第86回 

ギュンウシュウ出版2026年春の新刊④

1.Çip, Çöp ve Mia / ICチップとゴミとミア

ミュゲ・イプリッキチが、プラスチックごみという国際的なテーマをベースに一匹の猫の冒険を描く。キャッチコピーは「猫が世界を変えられないなんて、誰が言ったの?」
 
主人公の猫・ミアは、快適な家と飼い主に深い愛情を注いでいる。この環境を脅かすものに立ち向かうミアを通じて、不正義に沈黙してはならないというメッセージを伝えている。編集部は「ユーモラスな視点と豊かな想像力で、責任を持つことの大切さを訴えかけている」と評している。
 
小学校中学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
ミアは、飼い主のジェムとその家族とイスタンブルに暮らしている、おとなしい猫。毛で目が隠れている。ミアの世界は赤みがかった黄色の毛皮だけ。そして哲学はシンプル。寝る。見る。ジェムがくれるペットフードを食べる。世界を変えるなんて、猫には無縁のことだと思っている。
 
でも、その毛むくじゃらの見た目にだまされてはいけない。無関心だと思ってはいけない。毛皮の下には、たくさんの感情が隠されている。ゆれうごく感情、そしてさらなる感傷……。もしかしたら、これまで知らなかった自分の一面とためらいながらも向き合っているのかもしれない。少し大げさかもしれないけれど、本当のこと。
 
これは、赤みがかった黄色の毛皮を着たミアがなにをしているのか、そしてなにができるのかを描いた物語だ。
 
そして、ジェム。性格的にはミアに似ている。でもジェムはとても働き者だ。
 
もちろん、アダナ(注:トルコ中南部の都市。アダナ県の県都)も忘れてはならない。事件の舞台のひとつがアダナなのだから。
 
最後に、青いキャップのついたペットボトル。事件の発端。この物語が語られる理由はこのボトルにある。
 
ミアは毛皮のせいで、前が見えない。みんなはミアに「こんにちは、元気?」と声をかける。ミアは「元気でいろって言われたって、この毛皮がねえぇぇぇぇ……」と答える。
 
この言い方はギュルテンおばあちゃんから教わったもので、ことばの最後を長くのばすのがいつものミアの答え方。もちろん、ミア自身の、猫のことばで答える。じつは、ミアもこの言い方の本当の意味を正確には理解していない。でも、ミアはこう続ける。
 
「なんにも見えないのに、どうやって生きていけるっていうの……日々の流れと毛皮に身をゆだねるしかないのよ!」
 
ミアにとって、世界は赤みがかった黄色。でも、赤みがかった黄色がずっと目の前にあったところで、それほどつらく感じない場所だった。だってミアは猫なのだから! 長い毛だろうと、短い毛だろうとどっちでもいい。猫の行動は多かれ少なかれ同じようなもの。寝て、食べて、また寝て、そしてまた……。
 
特に危険な生活ではなかった。世界はそもそもミアのような猫の手にゆだねられていなかったし、これからもそうなることはないだろう。
 
「だから」とミアは言う。「遠くから、傍観者として物事をながめることで、だれよりも多くの可能性を秘めることができるの」
 
結局のところ、飼い猫は世界を変えることも、家のルールを決めることも、自分の生活を切りひらくことさえできない。野良猫のようにはなれない……。飼い猫は、流れていく世界をただ受け入れ、おとなしく静かに寄りそう存在だった。
 
「この毛むくじゃらの生きものめ」とミアの心の中の声が言う。「自分が野良猫だったことをいつのまに忘れたの!」
 
そう、ミアはただの飼い猫ではない。信じられないくらいにおうせいな好奇心を持っている。
 
とあることから、ミアの飼い主ジェム、ジェムの友人のイスケンデルとオヤは、トルコに密かに送られたプラスチックごみがアダナに届いていることを発見し、行動をおこす。イスケンデルがロンドンで3本のペットボトルに入れたICチップがアダナで反応を示したのだ。3人の追跡は危険なものへと変わっていく。違法な廃棄物輸送で利益を得ている者たちは、ジェムたちの日常生活にまで影響を及ぼす力を持っていた。
 
ミアは野良猫のガリプベイとともに、ジェムの命を救うため、そのごみを追跡することになる。
 

作家プロフィール


Müge İplikçi
(ミュゲ・イプリッキチ)
1966年、イスタンブル生まれ。イスタンブル大学英語学及び英文学学科を卒業。今日の女性にテーマを取った作品が各国言語に翻訳されている。1996年、ヤシャル・ナービ・ナユル新人作家大賞を受賞。1997年、ハルドゥン・タネル文学賞で第3位となる。
ギュンウシュウ出版では架け橋文庫の『うそつきの目撃者』(2010)が、ÇGYD(児童・ヤングアダルト図書協会)により、その年の最優秀ヤングアダルト作品に選出された。最初の児童向け作品は、『とんだ火曜日』(2010)。その後、古代船で地中海を航海した実話をもとに、『不思議な大航海』(2012)を発表した。アフリカ難民に焦点を当てた『石炭色の少年』(2014)も人気作品。ほかの児童向け作品に『アイスクリームのお守り』(2016)、『おはようの貯水池』(2019)。NO8文庫のヤングアダルト作品に『かくれんぼ』(2013)。一般向け小説では『特別の名前』(2017)、『頭から消して』(2019)、『ああ、私の天使』(2023)、『偽りの楽園からの脱出』(2025)などが発表されている。
2026年、ギュンウシュウ出版から児童向け作品『ICチップとゴミとミア』を発表した。
イスタンブルに暮らす。
 
  
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。 
 
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)