ギュンウシュウ出版2026年春の新刊③
1.Denizoğlan – Madalyonun Peşinde /デニズオーラン~メダリオン追跡
ケレム・エヴランドゥルが初めてヤングアダルト向けに執筆した作品。
19世紀、オスマン帝国時代のイスタンブルを舞台にした冒険物語。歴史的な雰囲気を重視し、勇気、正義、喪失をテーマにしている。
イスタンブルのバラット地区(注:金角湾沿いの地区)で発生した大火災により、少年デニズオーランの人生は一変する。父から託されたお守りのメダリオンを取り戻そうと奮闘するうち、いつの間にか盗賊と消防士たちの危険な追跡劇に巻きこまれていく。
小学校高学年以上推奨。
1816年の夏は、イスタンブルの人々にとって苦難のときだった。焼けつくような暑さだけではなく、夜のじめじめとした湿気が人々を眠らせなかった。
その息苦しい夜、南西から吹き始めた風が人々をさらに怯えさせた。8月の暑さの中で、これほど強い南西の風は、火災の原因となる可能性があったからだ。特にエユップ地区(注:金角湾沿いの地区)は、夏に火災が頻繁に発生する地域だった。木造家屋が密集して建ち並び、道幅も狭かった。一軒でも火事になれば、地区全体が燃えてしまう。過去にも何度も同じことが起こっていた。そしてその8月の夜は、大惨事の予兆に満ちていた。
バラットの斜面にそびえ立つ聖ゲオルギオス教会(注:コンスタンティノープル総主教会のこと)の屋根裏部屋では孤児たちが目をさました。強い煙の匂いが寮全体に充満していた。
フェルナンディオス神父が駆けこんできた。「火事だ! 火事! 避難するのだ! すぐに!」
神父は子どもたちの数を数えた。ひとり足りない。誰がいないのかは容易に想像できた。彼は列の先頭にいた子の肩に手を置いた。
「訓練でやったのと同じだよ。浜辺で火事が起きた。風は南西から吹いている。だから丘を駆け上がるのだ! 全員が仲間のめんどうを見るように。決して離れてはいけない。わかったね?」
先頭にいた少年は鷲のような鋭い眼差しでうなずき、子どもたちは列を崩さずに階段へと向かった。
一方、司祭は急いで寮を横切りベッドにかけよった。彼の予想は正しかった。眠っていた少年をゆすり「デイビッド! 起きなさい! すぐに出なくては!」と呼びかけた。
少年は少しも反応せず、デイビッドという呼びかけにも気づかない。まわりに誰もいないので、司祭は少年の本名を呼んだ。「デニズオーラン!」
デニズオーランは飛び起きたが、すぐには目を開けることができなかった。部屋はすでに煙に包まれていた。司祭は時間をむだにせず、まだ半分眠っている少年を肩にかつぎ寮から走り出した。
ようやく目をさましたデニズオーランは、司祭の背中に乗っているのに気がついた。司祭はエユップの丘に向かって必死に坂を駆けあがっていた。
司祭は彼を下ろした。息を切らしながらなんとか言葉をしぼり出した。「火が迫っている! 丘へ行かなければ! 走れるかな?」
近隣のほぼ半分が炎に包まれていた。火は木造の家々焼きつくしながらゆっくりと迫っていた。炎は夜の闇を消し去り、黄色に赤に輝いていた。次々と消えていく木造家屋からは、黒い煙が暗い空へと立ち昇っていた。
デニズオーランは突然、まるで奈落の底に引きずりこまれるかのような、大きな喪失感に襲われた。首に手をやった。そんな! 胸元や服を確かめた。父から託されたお守りをマットレスの下に隠したのをすっかり忘れていた!
父アマン船長は、お守りを絶対になくしてはならないとデニズオーランに言い聞かせていた。父と再び会うためには条件がふたつあったのだ。ひとつは、デニズオーランがフェルナンディオス神父のそばを決して離れないこと、もうひとつは、そのお守りを教会から決して持ち出さないこと。
火事のあとこの一帯は廃墟と化し、瓦礫の中からお守りを見つけることは不可能だ。そうなれば、ふたつの条件のうちひとつがだめになってしまう。お守りを取りもどさなくては。教会は炎に包まれていた。一刻もむだにできない。
「父さん!」と叫び、走り出した。何があってもお守りを取り戻すと心に決めていた。
ガラタ(注:イスタンブル新市街側の地区)の城壁から金角湾の岸辺、そしてボスフォラス海峡の潮流で繰り広げられる戦いの中で、デニズオーランはなぜかメダリオンを狙う冷酷な男クズル・バイラムに立ち向かうことになる。
若い記者アリーナの調査力や、焼けあとに生きる子どもたちの知恵に助けられながら、デニズオーランは、メダリオンを取り戻し父と再会するべく奮闘する。
作家プロフィール
Kerem Evrandır
(ケレム・エヴランドゥル)
1978年、イスタンブル生まれ。幼い頃から執筆に興味を持っていたが、財務監査や企業金融の分野で約10年勤務する。その後、脚本家、編集者、翻訳者として執筆活動に専念。キャリアと人生における様々な変化が、執筆活動の大きな基盤となった。
2026年、初の著書となるヤングアダルト小説『デニズオーラン-メダリオン追跡』が、ギュンウシュウ出版から刊行された。
2019年からイギリスに在住し、水泳インストラクターの仕事と並行して執筆活動を続けている。
執筆者プロフィール
鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)