ギュンウシュウ出版2026年春の新刊②
1.Dünyanın İki Ucu / 世界のはしっこどうし
ハジェル・クルジュオールによる、トルコとインドを舞台とした物語。
トルコでは、オスマンという名の少年、インドではリタという名の少女。ふたりのまったく異なる人生を並行して描き出す。
小学校中学年以上推奨。
朝日がまぶたを焼くように熱くて目がさめた。むりやりぼくを起こした太陽と、寝る前にカーテンを閉めなかった自分にぶつぶつ文句を言う。大きなくしゃみをしてからベッドに起きあがって、ベランダから聞こえる声に耳をすませた。
「おはよう、私の小さなマリーゴールド。今朝は輝いているね……。気まぐれな蘭よ、また咲いていないね……。小さなスミレよ、どうしたね、元気がないのかい? 元気を出して……。バラのご婦人、優雅に揺れているね。ああ、いい香り! 今朝はたっぷり水をあげたから、元気になっておくれよ、私の愛しい子……」
おじさんだ。気むずかしいひとだ。クラゲみたいにゆっくりした動きで花に水をやりながら話しかけている。植物に優しいことばをかけてやると、早く育つと信じてるんだ。ふんっ。
おじさんはこんなふうだし。両親だっておんなじ! 父さんと母さんは、ぼくをこの変人のおじさんにあずけてインドに行っちゃった。母さんはヨガのインストラクターなんだ。しかもいまは5月だよ。インドは地獄みたいに暑いらしいのにさ。まあ、そのぶん値段が安かったってこと。ふうっ。
それに、みんなにいちいち説明するのも、めんどうくさいんだよね。
「オスマン、なぜ作文のファイルを持っていないの?」
「家に置いてきてしまいました。おじさんの家に泊まっているんです」
「どうして、オスマン?」
「両親がインドに行ったんです」
「インド?」
「はい、そうです、あのアジアの国です」
おじさんは、ぼくを家に連れていくことに反対だった。「孤独こそが私の最大の贅沢なんだぞ。10代となんて長いこと暮らしていないんだ。ひとりになりたいんだよ」と文句を言っていたけど、最後は受け入れてくれた。
実は断ったのはぼく方。かなり抵抗したよ。
「家にいたっていいじゃん。ぼくはもう小学6年生だよ。自分のことはちゃんとできるし。おじさんは、クローゼットくらいの半分の部屋しかくれないよ。そんなせまいところで、気持ちよく過ごせるわけないよ。おじさんは、父さんよりも17歳も年上なんだよ。気むずかしいくせに、ずっとしゃべってるし。気が合わないよ。それに、おじさんだって、ぼくのことそんなに好きじゃないしさ………」
「たった1ヶ月だ。それくらいの我慢はできるだろう。おじさんはいいひとだよ」とか父さんは言ってたけど。1ヶ月は短い時間、みたいなこと考えてるのかな。ふんっ。
ぼくはくしゃみをしながら起き上がり、床に落ちていたくつしたをけとばしてテラスへ向かった。たった3歩でついた。本当に家がせまい。
オスマンを見たおじは「顔が赤い」と言う。アレルギーだった。顔も腫れてしまい、オスマンは薬を飲んで安静にしていなくてはならなくなった。
オスマンが心配しているのは、学校で活動しているバンドのことだ。3日後に映画撮影に参加することになっているのだ。あと3日で治らなければ大変なことになる。
両親が頼れない状況でオスマンは心細く感じながら、連絡をしてこないふたりのことを考えるしかなかった。
一方、インドでは、リタが同じような気持ちを抱えていた。リタは、家族で経営する小さなホテルで、ロンドンへ旅立つ母を見送りに行った父の戻りを待っている。ところが猛烈な嵐のため、交通手段も通信手段も途絶えてしまう。
トルコとインド、数千キロも離れたふたりだが、オスマンとリタがじりじりと家族を待つ時間はお互いに、歌と花と友人たちに囲まれていた。
作家プロフィール
Hacer Kılcıoğlu
(ハジェル・クルジュオール)
マニサ県アラシェヒル生まれ。英語教師として勤務した。自身の子ども時代の思い出を『わたしはむかし子どもだった』(2003)、『ジャーレと語る』(2006)にまとめている。最初の児童向け作品は『木曜日がとても好き』(2009)。続いて同じ地区で育った3人の芸術家の子ども時代を描いた『イズミルの3人の子ども-セゼン、ハルク、メルテム』(2010)を発表した。
また、旅行での体験を反映させた『お月さまはどこにでも』(2012)は、Çocuk ve Gençlik Yayınları Derneği(ÇGYD/児童・ヤングアダルト図書協会)の、「2012年の物語作品」に選ばれた。2015年の『山は沈黙し、山は語る』で、ヤングアダルト作品にも挑戦。『ラジオの窓』(2019)に続き、『こんにちは薬局』(2021)を発表した。『ルナ、ペダルをこいで』(2023)、『言いたいことは全部わかる』(2025)を発表。『世界のはしっこどうし』(2026)が最新作となる。
イズミルに暮らし、娘と息子がそれぞれひとりずつある。
執筆者プロフィール
鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)