ギュンウシュウ出版2026年春の新刊①
1.Çiçek ve Kaplan Gözü /チチェキと虎の瞳
謎と発見に満ちた幻想的な世界をテーマにした作品で人気の作家サブリ・サフィエの最新作。嵐で町が水没したのち、自分の進むべき道を探し求める少女チチェキの姿を描く。サブリ・サフィエらしく現実と幻想が交錯する物語を編集部は次のように評している。
「恐怖が好奇心に、孤独が勇気に変わる、成長のための冒険である。読者は、自分の中に眠る『タイガーアイ』を見つけだすことができる」
タイトルの「虎の瞳」は、上記のコメントどおり貴石タイガーアイのことを指す。
小学校中学年以上推奨。
夏の最後の日だった。いや、そうではなかったかもしれない。どの夏にも終わりの日はあるけれど、それがどの日なのかは、なかなか意見が分かれるところ。
チチェキは、その日が夏の最後の日だと確信していた。
だって、雲がまるで約束があるかのように空を駆けぬけていたから。雲は絶えず形を変え、互いに競いあい、ときどき太陽をおおう。だから、木々の影が踊る人気のない道は、ときに金色に輝き、ときに錆びたトタンのように黒く染まった。
葉ずれの音は、町の墓地の低い塀に鳥のようにとまっている少女たちの声にかき消されていた。にぎやかな会話に、ときどきかん高い笑い声がはさまる。みんな町で唯一の小学校を卒業し、同じように町で唯一の中学校に入学する日を数えていた。
そのグループのはしに座っている少女、チチェキだけが、長い夏休みの間にすっかりにぎやかに騒がしくなったこの社交の場になじめないでいた。チチェキは、例えば道のむこう側にいるトカゲとか、目にとまったものを観察するのが好きだった。ほかのことは何もかも忘れて、いつまでだってそれを見つめていた。時間の意味が失われていくかのようなそのあいだ、日常のできごとは取るに足らないものになる。まるで世界がベールを少しだけ持ち上げ、別の顔を現そうとしているかのように。
その日も同じ。チチェキは雲に夢中になっていた。すると「誕生日パーティー」「明日」「素敵なドレス」「サプライズプレゼント」「招待状」といった言葉が、スズメバチのように耳元でブンブンと飛び、注意を引いた。チチェキは会話に耳をすませた。
翌日はグループのひとりの女の子の誕生日だったのだ。「一番イケてる」と自称している彼女の誕生日なのに、誰もチチェキになにも言わない! すぐとなりにいるチチェキが、こんなふうに無視され、仲間外れにされるなんてどういうこと? まあ、チチェキはグループで一番の人気者というわけではなかったけれど、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
その状況を理解して、チチェキはまるで見えないハチに一匹ずつ刺されるような鋭い痛みを感じた。
もうがまんできない。「誕生日なの? い、い、いつ?」と、思わず口に出した。みんなが口をつぐんでチチェキを見る。
「えー、知らないの? 町中の大人も話してるのに。明日の午後4時から、大きなカフェでパーティーがあるの」と、ひとりがかん高い声で言った。
ほかのみんなは黙っている。特に、誕生日がくる「一番イケてる」子は、口を開くことさえしなかった。少しおくれたけれど、チチェキを誕生日に招待するには絶好のタイミングだった。でも「イケてる」子は沈黙を守り、スカートのすそのしわをのばすのを選んだ。そのしわが、彼女の言葉をじゃましているみたいに!
胸が痛い沈黙が過ぎると、誕生日の子はやっとチチェキの方を向き、有名なおとぎ話からぬけ出してきたお姫さまのような口調で言った。
「パーティーは4時から。遅れないでね。悪いけど招待状が足りなくなっちゃったの。入り口で聞かれたら、クラスメイトだって言って」今思いついたかのようにつけ加えた。「ちょっとおしゃれなコンセプトなの。だから、それにふさわしい服を着てきてね」
それからすぐにほかの子たちの方を向き、父親がオンラインで買った豪華なパーティーの飾りについて興奮ぎみに話しはじめた。
チチェキは屈辱を感じた。それもすごく!
自分が何をしたっていうんだろう? そこから逃げ出したくなった。でも逃げ出せば、チチェキがどれほど深く傷ついたかをはっきり見せることになってしまう。ほかの子たちは、その勝利を味わう瞬間を待っているんだから。
そもそもチチェキはパーティーに着ていくドレスなんて持っていなかった。祖母の古い刺繍入りジャケットを見つけて喜ぶが、ボタンがなくなっていた。しかし幸運にも、隣人のキャプテンから「タイガーアイ」の石のボタンをもらったことで問題は解決した。
その夜に嵐が来てすべてが一変する。チチェキとキャプテンのタキシード柄の猫ドクターは洪水に流されてしまう。彼女たちを救ってくれたのは漁船の愉快な船長たちと一匹のカメだった。
作家プロフィール
Sabri Safiye
(サブリ・サフィエ)
アンカラ生まれ。イスタンブル大学国際関係学科を卒業後、長年、映画業界で助監督、監督、プロデューサーとして活躍する。しばらくのあいだ、アニメーション制作に専念していた。2010年、映画業界を引退後、自身の経験を大学生に伝える活動を行った。その後の10年は料理人をしていた。 2009年から、移民問題、特に女性と子どものためのプロジェクトに積極的にかかわってきた。そのフィールドワークで用いるために書いた児童向け作品『月のうさぎ』は、クロード・レオンの絵とともに2021年、トルコ語とアラビア語で出版された。
2022年には児童向け小説『もふもふ宇宙人の冒険』が発表された。2023年に『もふもふ宇宙人の冒険~ハルフェティ』『イナンナの帰還』の2作、2024年に『散らかった部屋』、2025年には『大いなる眠り』を発表し、精力的に執筆をつづけている。
最新作は『チチェキと虎の瞳』(2026)。イスタンブルに暮らす。
執筆者プロフィール
鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)