ギュンウシュウ出版2024~25年冬の新刊とコンクールについて
1.Ba'nın Olağanüstü Kitabevi /バーのとびきりとくべつの本屋
人気の若手作家メリス・セナ・ユルマズが書店を舞台に少女の冒険を描く。
舞台は古い屋敷に作られた書店。何千冊もの本の中、周囲から愛されて育った少女エジェが、家族について驚くべき発見をする。メリス・セナ・ユルマズ独特のユーモアある文体でつづられ、読者に本の持つ力と魔力を改めて教える作品であると評されている。
小学校中学年以上推奨。
バーとエジェの出会いは7年前にさかのぼる。9歳のエジェは2歳のころのことははっきり覚えていないから、物語を語る気分で話すのがいつものこと。
バーはそのころ、バルシュだった。かなわなかったバンドデビューの代わりに、大学を卒業すると世界中を旅して歩いていた。そんなとき、友人のスィナンから連絡がきた。彼は、バルシュがボーカルを務めていたバンドのギタリストだったが、大学の最終学年のとき、ある女性と恋に落ちてバンドをやめた。だから、バルシュたちがデビューできなかった理由はスィナンだったが、彼らの友情は変わらず続いていた。
スィナンは興奮したようすでこう電話してきた。
「君を驚かせたいことがある! それに、エジェにも紹介しなくちゃいけないしな!」
バルシュはそのことばに心を躍らせて帰ってきたのだ。
ところが、空港で彼を出迎えたのは、スィナンとその妻が交通事故で命を落とし、2歳の娘エジェだけが軽いけがで助かったという報せだった。病院にかけつけたバルシュは、小さなこぶを作ったエジェを見て、身寄りがなくなった彼女を育てると決心した。
「ぼくは、君の父親にはなれないけど、でも父親の半分くらいにはなるよ」
するとエジェは茶色の目をパッチリ開いて小さな両手を広げバルシュに「ばー!」と声を上げた。
この日から、バルシュはエジェの「バー」になった(注1)。
バルシュは家族が遺した三階建ての屋敷を書店に改装し、一番上の階を自分とエジェの自宅にした。「バーのとびきりとくべつの本屋」と名付けられた店は、新しい本も古本も「いい本」がそろっている。
屋敷で暮らして7年、バルシュはエジェを守り育てることだけに集中していた。あんな事故があったのだ、人生何が起きてもおかしくはない。不慮の事故からできるだけエジェを守らなくてはならない。しかし、ふたりの住む町では正体不明の子どもらしき人物による奇妙な強盗事件がくり返し起きていた。
強盗事件をきっかけに、平和だったエジェとバルシュの生活は変化していくことになる。
注1:トルコ語で「父親」は「baba(ババ)」。作者は「父親(ババ)の半分」で「バー」としている。
2.Zeynep Cemali Öykü Yarışması 2025 /ゼイネップ・ジェマリ物語コンクール2025
2009年に亡くなった児童文学作家ゼイネップ・ジェマリの名を冠した創作作品のコンクールである。2011年より、ギュンウシュウ出版の主催により開催されている。トルコの6~8年生の児童・生徒を対象にオリジナルの創作作品を募集する。
毎年、ゼイネップ・ジェマリの作品からテーマと発想のカギとなる一文が選ばれる。2025年のテーマは「人工知能(AI)」。カギとなる一文には、小説『アンカラの人』から「彼は鏡に映っている自分の姿を見た」が指定されている。
ギュンウシュウ出版によればコンテストの目的は「ゼイネップ・ジェマリの記憶を引き継ぎ、子どもたちが自身の感情、考え、観察したことを物語として表現すること。豊かなで正しいトルコ語を身につけること。創造の実践を通じて豊かな教育の一環とし、将来の作家の育成を主導すること」である。
参加資格を持つのは、トルコ全土の2024~25年度に6・7・8年生である児童・生徒全員である。生徒が書いた作品は、学校管理者、教師による事前審査を受けることなく全文を提出することが求められている。
応募は2025年5月21日(月)まで。また、審査後の授賞式は同年9~11月に開催される。
審査員は次の5人。
・アフシン・クム(トルコのSF作家、コンピューターエンジニア)
・アルタイ・オクテム(トルコの作家、詩人、研究者、医師)
・ブケット・ウズネル(トルコの作家)
・サリハ・ニリュフェル(トルコの作家、翻訳者)
・ミュレン・ベイカン(編集者、博士)
作家プロフィール
Melis Sena Yılmaz
(メリス・セナ・ユルマズ)
1997年、ブルサ生まれ。イスタンブルのボアズィチ大学経済学部で学士、修士を修める。児童向け演劇の脚本を手がけ、作品はさまざまな場所で上演されている。 学生時代にアルバイトをしていたカラキョイとシシハーネの両地区から、作品のヒントを得ると語っている。またベイオール地区の小道を歩いているときに思いついた冒険譚を、最初の児童向け作品である『裏イスタンブル』(2022)としてギュンウシュウ出版から発表した。『5月の第3週』(2023)はカユプ・ルフトゥム(文学・映画・文学・芸術などのプラットフォーム及びメディア会社)により2023年最優秀トルコ国内向け児童文学に選出された。最新作は『バーのとびきりとくべつの本屋』(2024)。
イスタンブルに暮らす。
Zeynep Cemali
(ゼイネップ・ジェマリ)
1950年、イスタンブル生まれ。中学・高校時代から、手工芸品やじゅうたん、キリムの取引をする父とともにアナトリアを巡っていた。父からくり返し聞かされた「生きることは学ぶこと」ということばが、ジェマリの人生の基盤となった。
1991年から「貯金箱」(イシ銀行出版)、「トルコの子」、「小麦」などの雑誌で児童向け作品を発表する。ギュンウシュウ出版では、1999年に『わたし、プラタナス、そしてぽんぽんボレッキ』、翌2000年に『バラ通りのとげ』を発表した。その後、『ローラースケートガール』(2003)、『はちみつクッキーカフェテリア』(2005)などの小説、『ハチャメチャ父さん』(2004)、『ねこはおはなしをわたり歩く』(2007)などの短編集を発表した。 2009年11月、イスタンブルで没した。没後に発見された小説『アンカラのひと』(2010)に、2011年のトゥルカン・サイラン芸術科学賞が贈られた。
執筆者プロフィール
鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)