企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第72回 

ギュンウシュウ出版2024年秋の新刊③

1.Bülbüllerin Şarkı Söylediği Yer /ナイチンゲールの歌うところ

ベヒチ・アクが得意とする、ユーモアを交えて哲学的な主題を語るシリーズ。自分自身と置かれた環境との間に生まれる関係性に焦点を当てる。
 
都市生活では溶けるように時間が過ぎてゆき、忙しさの中で田舎の静けさは忘れ去られていく。そのため意識的な自然とのふれあいは大切であり、人間の自己発見に影響を与えると作品を通して語る。都市部と農村部の生活の違いや相互作用に焦点をあて、同時に芸術や才能とは何かを問う。
 
小学校中学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
ケレムは『消えた人々の地図』という本を姉のベイハンの前に置いた。ベイハンは(なんでこの子はこんなことに興味があるんだろう)と考えた。口に出さずにいたらケレムが勝手に説明を始めた。
 
「世界中で姿を消したひとたちの人生を解説してるんだ。世界では毎日、何千人もが行方不明になってるんだよ。知ってた?」
 
「知らなかった。なんで?」
 
「すごく悪いことがおきたり、さらわれたりするひともいる。でもいちばん多いのは、自分から痕跡を消して行方不明になるひと」
 
ベイハンは自ら行方不明になるなど考えたこともなかったから「変なの」と答えたが、ケレムはこう言った。
 
「ぼくも行方不明になろうかなってときどき考える」
 
ベイハンは驚いた。「わたしも、パパもママも、ネコのメスタンもちゃんとした家も全部捨てて、どっか別のところで暮らしたいってこと?」
 
ケレムはうなずいた。「ぼくのことを、もっとまじめに扱ってくれるひとたちのところで新しい生活をしたいなって」
 
ベイハンにはまったくわからなかった。ケレムは「わかんないよね、だっておねえちゃんは背が高いもん。パパもママも背が高い。ぼくは背が低いから、また見えてるものも違うってこと」と言った。
 
ケレムとベイハンの母シメンさんは弁護士だ。とにかく忙しい。自分も忙しいうえに、周りのひとたちにもどんどん仕事を作りだして忙しくさせる。ベイハンもそのひとりだ。シメンさんのアシスタントみたいなものだから、家にいても気が抜けない。
 
一方で父のフェリドゥン氏は真逆だった。自分が幸福である世界を絶対に誰にも譲らない。自分がどれだけ楽ができるかということにすべての力を注いでいるのだ。
 
ケレムは、両親と自分は違うことを証明したかった。ある日の散歩中、気がつくとナイチンゲールの声が響くところにいた。現実なのか夢なのかわからない場所で、ケレムはいろいろなひとに出会う。メロンで彫刻をしている大男、牧羊犬のドスト、チェロの弾き方を習っているエシベル、ファッションデザイナーのフェイザさん。ファッションショーをしているかかし、サッカーボールでいっぱいの畑も見た。
 
自分自身の内側に存在する風景を眺めながら、ケレムは自分を知り、「本当のケレム」を見つけようとする。
 
 

2.Derin Uykular Tatlı Rüyalar /ぐっすりねむってすてきなゆめを

シェネル・シュキュル・イーイトレルとビュシュラ・カイグン・ガファロヴのユニットによる絵本。冬眠ができなくなってしまった2匹のクマの兄弟と、兄弟を助けようとする子どもの姿を描く。文章はシェネル・シュキュル、イラストはビュシュラ・カイグンが担当している。ふたりのユニットが手がけた作品は2冊目となる。
 
シェネル・シュキュルがネムルト山(注1)で実際に目撃したクマの兄弟からインスピレーションを得て誕生した作品である。編集部は、対象年齢の子どもたちだけでなく大人にも本の楽しさと心地よさを伝える作品であると評している。
 
推奨年齢5歳以上。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
冬眠する季節がやってきたというのに、ビッグベアと弟のリトルベアは、あまりの暑さのせいで眠りにつくことができないでいた。クマの兄弟の上の部屋に住んでいるインジは、彼らが眠りにつく手助けをしたいと考える。
思いついたのは、絵本の読み聞かせだった。しかし、クマの兄弟が冬眠することはできなかった。インジは、どうしたらいいのか一生けんめいに方法を探す。
 
インジにヒントをくれたのは世界地図だった。「クマの兄弟は、寒い北極でぐっすり眠ることができる……それなら!」
 
クマの兄弟を「北極につれていく」にはどうしたらいいかが、次の問題だった。インジはすばらしいアイデアを思いつく。

注1:トルコ東部アドゥヤマン県にある山。標高2,134メートル。山頂部が人工的建造物であり、1881年にドイツ出身の技師カール・ゼシュターによって発掘調査が行われた。山頂には、コンマゲネ王国(古代アルメニアの地名。一時期、王国として独立していた)の王アンティオコス1世(在位:紀元前96~紀元前36年)が建てた、自身の座像を含む巨大な石像が並ぶ巨大墳墓があると考えられているが、いまだ発見されていない。
 
世界遺産に登録されており、頂上部には、王の座像、2羽の鷲、2頭のライオン、ギリシャ神話・ペルシャ神話のさまざまな神の石像が並んでいる。
 

作家プロフィール


Behiç Ak
(ベヒチ・アク)
サムスン生まれ。イスタンブルで建築を学ぶ。1982年から、ジュムフリエット紙で、カリカチュア(風刺漫画)を手がけている。児童書、カリカチュア、戯曲、芸術監督などを手がける一方で、映画業界でも活躍する。1994年に撮影したドキュメンタリー映画『トルコ映画における検閲の歴史-黒幕』は同年に国内の映画賞を受賞した。
最初の児童向け作品『高血圧のプラタナス』は、野間国際絵本原画展の第5回奨励賞を獲得し、ギュンウシュウ出版によって、新たな装丁となったものが、2014年、中国語にも翻訳された。絵本作品の『ふしぎなくも』『ネコの島』『めがねをかけたドラゴン』『ぞうのジャンボ』などは日本語に翻訳、出版されている。
また、過去の作品を新しい装丁でギュンウシュウ出版より発表した。『ベヒチ・アクの笑い話』というタイトルにまとめられた物語は、子どもだけでなく大人の読者からも支持を受けている。30年来の漫画を集めた『ベヒチ・アクのイラスト集』も人気を博している。『Çの友情に乾杯!』(2013)は、ÇGYD(児童・ヤングアダルト図書協会)によって、同年の最優秀児童書作品に選ばれた。同作に始まる「唯一の子どもたち」シリーズでは、2024年に新作『ナイチンゲールの鳴くところ』が発表された。
アストリッド・リンドグレーン記念文学賞、国際アンデルセン賞のトルコのオナーに選出されている。
一般小説も手がけてきたベヒチ・アクは、2024年、ギュンウシュウ出版から始めて出版された2作の一般向け書籍『ぐうたら星』『眠る街』を手がけた。
 
Şener Şükrü Yiğitler
(シェネル・シュキュル・イーイトレル)
1984年、カイセリのインジェス生まれ。イスタンブル大学英語翻訳学科で学士、同大学大学院トルコ語および文学学部で修士を修める。2017年、ムーラ・ストク・コチマン大学のトルコ語および文学学部で博士を取得する。
2014年には、最初の作品『絵解き夢辞典』が、Çocuk ve Gençlik Yayınları Derneği(児童・ヤングアダルト図書協会)によって、その年の児童文学審査員特別賞に選ばれた。2018年に、同作の続きとなる『ピエロ入場禁止』を発表した。ハレン・ビトリス・エルセン大学トルコ語および文学学部に博士研究員として在籍しつつ、翻訳なども手がける。
ギュンウシュウ出版では『はるか遠くの海』(2022)で注目されるようになる。ビュシュラ・カイグン・ガファロヴとユニットを組み『ぐっすりねむってすてきなゆめを』(2024)を発表した。
妻、2人の子どもとともにタトヴァンに暮らす
 
 
  
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。 
 
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)