企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第71回 

ギュンウシュウ出版2024年秋の新刊②

1.İçli Bir Çubuk Kraker /プレッツェル・スティック

文学賞作家のチーデム・セゼルが描く、好奇心旺盛で勇敢な子どもの成長物語。さまざまな世代の近隣住民とのコミュニケーションの大切さを説くとともに、職業選択の課題、特別な教育を必要とする子どもたち、学校のいじめ問題など多くの主題を擁している。同時に、人の温かさを感じさせる作品である。
 
小学校高学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
おばあちゃんとハフィゼさんがおしゃべりをしている。
 
「任せてくれたら、大統領だってできたのよ、あたしは!」ハフィゼさんはそう言ってため息をついた。「本当にそうだよ」とおばあちゃん。「小学校のとき、クラスの一番はいつだってあんただったじゃないの!」
 
わたしは、ふたりの話を木の上で聞いている。『ミソサザイ』(注1)の主人公フェリデみたいに、木の上から近所のようすを観察するのが好きだからだ。ふたりはいつも同じ話をしているので、私は声をかけた。
 
「じゃあ、自分の物語を自分で書いたらいいんじゃない!」
 
わたしを見つけたおばあちゃんは怒った。
 
「ヌルギュル! いますぐそこから降りなさい! いつか落っこちて骨を折るよ!」
 
わたしのいちばんの仲良しは、シャヒカおばさまだ。なんと82歳!
 
シャヒカおばさまは「幸福屋敷」に住んでいる。ご主人と結婚したころ毎日が幸せだったからそう名付けたそうだ。すごくすてきなお屋敷で、だいぶ古くなっているけど、それでもすてき。バルコニー、広い庭、アパルトマンくらいの高さがある木……わたしみたいに空想するのが好きな人間にとっては最高の場所だ。外の騒音も遠くなるお屋敷で、シャヒカおばさまと音楽を聴いていると、すべてがうまくいくような気がする。
 
ヌルギュルはシャヒカさんと静かに過ごすことが大好きだったのだが、ある日、シャヒカさんが静かに姿を消してしまう。そのうえ、お屋敷の中の物が運び出されはじめる。心配になったヌルギュルは、家族と木彫り職人ベディルの協力を得て、大切な友人シャヒカさんを探しにかかる。
 
 

2.Dertsiz Şehri’nde Tuhaf Olaylar /ノープロブレム街の不思議なできごと

翻訳家としても評価の高いサリハ・ニリュフェルが、生活の中で当たり前にあるものをテーマに描く、明るいドタバタ劇。買い物の楽しみと中毒性、ものの生産のありかたと自然との調和をユーモラスな物語に落としこんだ。読後の創造性の高まりや、未来を照らす明るいアイデアの発見を目的としている。
 
小学校中学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
ラージベルト・ネルドメルト氏はいつもどおりに目を覚ました。まだ日は昇っていない。
 
起き上がり、着替えようとクローゼットを開けて、ワイシャツを選ぼうとした。白20枚、青12枚、赤10枚、チェック柄3枚、縦じま5枚、スタンドカラー6枚がしまってあるはずなのだ。ところがのばした手は空を切り、勢い余ってクローゼットに鼻をぶつけてしまった。選び放題のはずのワイシャツが1枚もない。クローゼットは空っぽだった。
 
「どういうことだ!?」ネルドメルト氏は叫んだ。
 
家政婦ギュレルさんが、洗濯してアイロンがけをしたところで、もどし忘れたに違いないと考えた。「ギュレルさん! わたしのワイシャツはどこです!?」
 
キッチンで朝食の準備をしているはずのギュレルさんから返事がない。キッチンの方はシンと静まり返っている。首をひねりながら、ともかくズボンをはこうともうひとつのクローゼットを開けたら、そこにはたった1枚、ネルドメルト氏がいちばん気に入っていないズボンがぶら下がっていた。しかもこちらをバカにするように揺れているのが腹立たしい。
 
仕方なしにそのズボンをはくと、どこからかくぐもった奇妙な声の歌が聞こえてきた。どうにか聞き取ろうとするが、なにを歌っているのかわからない。家の外にいるのか、と顔をつき出すと、靴をはかずに道を歩く男性が見えた。ひざまである茄子色の靴下だけで歩いているが、声の主はその男性ではないらしい。
 
その朝、ノープロブレム街のクローゼットにしまわれていた服がすべて消えた。平穏に暮らしていた街は大混乱に陥る。街の重役たちはすぐに、トラブル解決会社のラージベルト・ネルドメルト氏を呼び出す。一方で、頭の切れる兄弟フィクリエとゼキ、おばのギュル・キュルユトマズも問題解決に加わった。
 
どうやら、むかしを懐かしみ、ほかの家具のまねをして楽しむおしゃべりなキャビネットが騒動の原因らしい。しかし、問題の本質にたどり着くには困難を極めそうだった。
 

注1:原題Çalıkuşu。レシャト・ヌリ・ギュンテキン(1889~1956。トルコの作家、劇作家)の代表作のひとつ。1922年に連載が始まり、1923年に書籍化、1937年に大きな改定が加えられた。
 
代々イスタンブルに暮らす一家の娘フェリデ。彼女は子どものように純粋な女性である。しかし最愛の婚約者に裏切られたことで、自らの人生を構築するためにアナトリアの各都市を巡りながら教職に専念していく。
 
メロドラマ的な要素も多くラブストーリーでもあるが、当時の官僚体制への批判、オスマン帝国社会で生き抜くための女性の闘い、教員たちの現実など多くの社会問題も同時に扱っている。
 

作家プロフィール


Çiğdem Sezer
(チーデム・セゼル)
トラブゾン生まれ。アンカラ・ゲヴヘル・ネスィベ保健教育研究所卒業。看護師、教師として勤務した。さまざまな雑誌に詩が掲載されるようになり、最初の詩集は1991年に発表された。1993年の詩集『狂った水』で、デュンヤ・キタップ誌の賞を受賞する。その後も詩集で多くの賞を受賞している。 また都市学に関する研究書に加え、『愛と香辛料』(2008)や『青い草原の女たち』(2013)など一般向け小説も手がける。 2014年、子ども向けの詩集『アルファベットからにげだした文字』で、トゥルカン・サイラン芸術賞を受賞。児童向け作品『ジュジュ、わたしをわすれないで』(2015)で、コジャエリ・オルタドーウ工業大学児童文学賞を受賞する。その後は、ヤングアダルトを中心に作品を発表している。
ギュンウシュウ出版では、『隠された春』(2017、ON8文庫)、『ハヤット菓子店』(2017、架け橋文庫)などの作品がある。『トラック・カフェ』(2019)は、2020年のIBBYのオナーリストに登録された。ほか『大笑いケーキ』(2020)、『ラストチャンス・タイムアウト』(2021)など。2023年に、トルコ共和国建国100年を祝う『プラタナスは100歳』を発表した。最新作は『プレッツェル・スティック』(2024)。 アンカラに暮らす。
 
Saliha Nilüfer
(サリハ・ニリュフェル)
1972年、イスタンブル生まれ。当初は詩人として活動しており、作品は多くの雑誌に掲載されている。英語、スペイン語、カタルーニャ語の翻訳でも知られ、主にアルベルト・マングエル、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、マリオ・バルガス・リョサ、バビエル・マリアスらの作品の翻訳を行っている。 2006年の小説『アンダルシアの物語』に続き、詩集『消える冒険』(2016)などを発表。ギュンウシュウ出版でも児童向け作品を翻訳している。同出版社での著書は2021年の『銀色の水のとき』が最初となる。2023年には、小さな街での発見を描いた『ファキルダー』(2023)を発表した。最新作は『ノープロブレム街の不思議なできごと』(2024)。 夫、息子とともにイスタンブルに暮らす。
 
 
  
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。 
 
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)