ギュンウシュウ出版2024年秋の新刊①
1.Hikâyenin Kalbi /ものがたりの心臓
力強いストーリーテリングが評価されているオメル・アチュクによる、読書をテーマとした作品。読書や読む本の選択が、子どもたちに、また大人にとっていかに重要であるかを描く。
作者は、現代の子どもたちが読書のプレッシャーを感じがちなことを、さまざまな角度から考えた。「頑固な老人たち」と「勇敢な新人たち」のあいだに発生した、仲が良いゆえの小競り合いを中心として、学校が舞台の物語を完成させた。
小学校高学年以上推奨。
「本を読むことで、地平が開けるような解放された力を感じられる」感覚を根幹としたこの作品は、あらゆる世代の読者には革新と変化のチャンスが与えられていることを、改めて思い出させる、と編集部は評価している。
イルギンチのおばあちゃんは、近所のひとたちで作る「子ども時代を生きられなかった大人の会」の会員だ。イルギンチも学校のクラスで「本が好きじゃない会」を作ろうと思っている。イェテル先生がたいくつな本ばかりの読書リストを作ったので、会員は簡単に集まるはずだ。
ところが、新しい国語のバハル先生のおかげで、読書は強制されるものではなくなったし、物語を要約したノートは見向きもされなくなった。バハル先生が勧めてくれる本は、これまでとは違う、さまざまな分野のもので、クラスはがぜん盛り上がり、本が好きになった。
しかし、こんどは保護者たちが新しく勧められた本に疑問を持ち、あれこれと口を出してきたことで、クラスの読書習慣はめちゃくちゃになってしまう。
2.Son Bahçe /最後の庭
人気作家フュスン・チェティネルによる、急速にコンクリートで覆われていく街、失われゆく緑地をテーマにした作品。人間も含めた生きものにちかしい都市のあり方、生活空間に前向きな変化をもたらすためのひらめきを求める人々を描く。
編集部は、多彩な登場人物の自然と調和するための決断に満ちた「ひとつの冒険譚」である、と評している。
小学校中学年以上推奨。
5月も目前のピカピカに晴れた日。コンクリートの建物のあいだに挟まれた植物も、人も、ネコも、みんなが気持ちのいい空気を楽しんでいる。そんな中で、ゼイネップは肩をいからせ、下を向いて、石ころをけりながら歩いていた。しかも、ものすごい早足で。
そのうしろをついてくるトゥンチは、息を切らせている。
「ねえ、ちょっと、ブレーキかけてよ!」
ゼイネップはとがらせた口から、トゥンチには意味のわからない言葉をはきだした。
トゥンチは、ゼイネップがなぜ怒っているのかわからず、あれこれと理由を聞くが、ゼイネップは「ちがう」としか答えない。そして、ますます早足になる。トゥンチは、汗びっしょりになってしまった。
ゼイネップは、急に立ち止まると口を開いた。
「うちのアパルトマンも、もうちょっとしたら、取り壊すんだって」
「地震の対策してないの?」
「パパが言うには、ぜんぜんがんじょうだって。でも、建築会社がもっと大きいの建てたいんだって」
今の部屋、友だち、集めたマンガ、ネコのフィンジャン、ゼイネップはどれもなくすのはいやだった。でも、パパとママの話を聞いていると、家を買うにはものすごくお金がかかるらしい。住むところがなくなってしまったらどうしよう、と不安でしかたがない。
都市開発の波がゼイネップの家まで押し寄せてきたのだ。授業でトゥンチと組んで、地区の公園計画コンテストで優勝したことも喜べない。公園を作るのは、ゼイネップの夢だったのに。
幸運なことに、ゼイネップ一家は近所に手ごろな部屋を見つけることができた。高齢者だけしか住んでいないそのアパルトマンの庭はひどいことになっていた。しかし、どれほど荒れていても庭があるのはすばらしいことだった。それにこの庭は、近所に唯一残った緑地なのだ。
引っ越しのごたごたのなか、ゼイネップとトゥンチは、養護施設にいる不機嫌な大佐を訪問するという任務までこなさなくてはならなくなった。そのうえ、アパルトマンの庭をめぐる陰湿な計画の真っただ中に陥ることになる。
作家プロフィール
Ömer Açık
(オメル・アチュク)
1980年アダナ生まれ。ハジェッテペ大学初等教育学科を卒業。アダナ、マルディン、イスタンブルで教員として勤務する。「子どもたちといっしょに子どもになること」と、旅を好む。
最初の児童向け作品は『三色スミレの咲く駅』(2015)、次いで同年『すてきなぼくの父さん』を発表する。『ジャケットなし組』(2017)では友情を、『たしかな人』(2018)ではとある家族の秘密を描いた。旅好きな作家のおばさんとひと夏の冒険に出かける少女を描く『夏の旅人とハプシュおばさん』(2020)も人気作品である。『すてきな思い出の一日』(2023)は、全ページにフルカラーのさし絵が入った作品。最新作は『物語の心臓』(2024)。
妻、娘とともにイズミルに暮らす。
Füsun Çetinel
(フュスン・チェティネル)
イスタンブル生まれ。オーストリア高校を卒業後、ボアズィチ大学英語教育学科を修了する。教師として勤務するかたわら、イギリスで語学学校のスタッフとしても活動。児童・ヤングアダルトを対象とした物語のワークショップを開催する。また、トルコ国外の児童・ヤングアダルトのキャンプなど、社会問題のプロジェクトにも参加している。
イスタンブルのアヤソフィアに隠された秘密を追う『アヤソフィアはうたう』(2015)が最初の児童向け小説となる。ドイツから南エーゲ海にある古代の石棺で有名なカシュへと物語が展開する『秘密の道』(2016)など、小学生向けの作品ののち、『壁の前の三週間』(2017)でヤングアダルト作品を手掛ける。その後も、『チコが選んだもの』(2018)、『小さくて汚い緑の虫』(2019)など、小学校高学年以上を対象とした作品を発表。2021年には、ヤングアダルト向け作品『起こらなかったこと』、2022年には児童向け作品『女王さまの冒険-たのしいお話みっつ』を発表した。
最新作は『最後の庭』(2024)。
夫とともにイスタンブルに暮らす。
執筆者プロフィール
鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)