ギュンウシュウ出版2024年夏の新刊②
1.Turna Teleği /鶴の羽
現役の教員でもあるメフメト・アリ・オクスズの最初の作品。厳しい土地で生き残ろうとする少年の姿を、説話的に描く。予期せぬできごとや困難な冬を、自然の力と語りの魅力で乗りこえた少年の希望に満ちた物語。
編集部は、平易なことばを用いて文学的味わいを深め、読者を余韻に浸らせる作品と評している。
小学校高学年以上推奨。
「山々が自分の足で歩きまわっていた時代があった。山々が地平に目をこらすときには、その後ろを平原や湖や木々が列をなしてついていったものだ。彼らの進む先にある川は、音を立て泡立ちながら流れを変えた」
インシ・アナは、杖で空中に丸を書いた。子どもたちは杖の先に、濁った色をして流れる、怒れる川の渦を見た。
「バフラタの山々は、世界のずっと向こうからやってきた。まだ若かったから、どの若者もそうであるように気負っていた。肩を組んで何日も歩き続けた。旅のあいだに立ち寄った先々で、記念品をポケットにつめこんだ。ピューマ、ユキヒョウ、野ヤギにタカ……」
アティは他の子どもたちと一緒に、インシ・アナの手伝いをして、乾燥させたトウモロコシの粒をはずしてはつぼに入れていた。
バフラタの山々は急峻でとても高い。どれだけ下ってもまだ下がある。でもアティはバフタラの山々も、その斜面にあるこの村も好きだった。春になると現れる小川、夏の作物が実る棚田、秋の風がそよぐ岩を見ると気分が晴れ晴れする。窓を開け、静かなネコのように家に触れながら過ぎていく雲を手に取ることもあった。
アティはインシ・アナと暮らしている。父親が姿を消し、その後、母親はほかの兄弟を連れて家を出た。ひとり残されたアティが頼ったのは、バフラタの雄大な自然とインシ・アナだった。
渡り鳥の季節がやってきたある日、アティは群れからはぐれてけがをした子どものツルを保護する。アティは、ツルを治療し、次の渡りの季節になるまでに羽が生え変わるように世話をすることになった。
2.Her Şeyi Gördüm /ワタシは全てを目撃した
ウルマク・ズィレリが、思春期の歪んだ自己顕示欲、周囲との対立、新たな発見などを絡めつつ描くミステリー。良心と無罪の関係を探りながら、「誰にも告げず黙って“何か”を目撃することは犯罪か否か?」に対する答えを、読者に模索させる。
中学生以上推奨。
from:とある目撃者
件名:殺しがあってから1日目
「メンバーは5人。ワタシは遠くから見ていた。5人の集合場所は、学校から50メートル離れた文房具屋だった。夜中、だれもが寝静まった時間に会うと決めたらしい。そう、夜中であることが重要だった。ワタシは彼らをつけた。ワタシが最初からメンバーに加わりたいと言っても、彼らは拒否しただろう。絶対に仲間には入れなかった。どんな遊びでも拒否をした。
ワタシは、彼らが何をするのか見たくてたまらなかった。店からもれる明りで、全員の顔が見えた。目には恐怖が宿っていた。彼らがどんなに隠そうとしても、ムダだった。これからしようとしていることの恐ろしさを、心の底から感じているのは明らかだったが、絶え間なく冗談を言いあっては笑っていた。リーダーだけは真剣だった。
名前を明らかにはできないため、色で呼んでおくことにしよう。リーダーに色をあてるとしたら、赤(レッド)だろうか。仲間が度をこえて騒ぐと、黙らせた。そして『これはゲームじゃない』と言ったのが聞こえた。レッドにとって、これは単なるゲーム以上のものだった。というより、ゲームだと考えたこともなかったと思う。巨大な自負があった。レッドにとって、己を証明する機会だった。レッドには力があり、それを失うのを恐れていた。力を保証するため、ありとあらゆる計画を立てていたのだ。」
深夜、高校の校庭にこっそり忍びこんだ5人の生徒。彼らの目的は、校則を破り、クレイジーともいえる冒険を実現することだった。学校にあるいわくつきの井戸のふたを持ちあげ、中の暗闇に向かって呼びかけるとなにかが起きると言われており、それを実行しようというのだ。
しかし、彼らの校則破りのせいで、学校で飼われていた犬のシナモンが命を落とすことになった。5人が保身に走り沈黙を守るなか、起きたすべてを目撃したと主張する、匿名の目撃者から送られてきた告発メールが学校を混乱におとしいれる。生徒だけではなく、教師たちも保護者もパニックにおちいるなか、メールの2通目が届いた。
作家プロフィール
Mehmet Ali Öksüz
(メフメト・アリ・オクスズ)
1980年、トルコ地中海地方のメルスィン生まれ。ドゥンルプナル大学トルコ語・トルコ文学科を卒業後、イスタンブル大学で中等教育の修士課程を修了した。2004年から、イスタンブルで教員として勤務。2010年から中東工科大学開発財団のメルスィン校で教員を続けている。一方で、メルスィン大学で児童・ヤングアダルト文学に関して修士課程を修了した。
オクスズは、初めて読書の楽しさを体験させてくれたのは、小学校の図書室で読んだトルコに伝わる昔話ケローランの物語であり、それによりことばの不思議な力を知ったと語る。同様の効果を自分でも生み出そうと考え、最初のヤングアダルト向け作品『鶴の羽』(2004)を発表するに至った。
Irmak Zileli
(ウルマク・ズィレリ)
1978年、イスタンブル生まれ。社会人類学を学ぶ。テレビ、雑誌の特派員として働いたのち、立ち上げに関わった「ロマン・カフラマンラル」誌の編集責任者となる。「レムズィ図書新聞」でも編集責任者を務め、同時にコラムニストとしても執筆を行う。
2004年に、かつての建国記念日がどのように祝われていたかを研究した『記念日の子どもたち』を、2011年に、1980年のクーデターを題材にした最初の小説『入り口』を発表した。『入り口』で翌年2012年のユヌス・ナーディ文学賞を受賞した。その後も『目をそらすな』(2014)、『影の中』(2017)などの作品を発表する。『最後のながめ』(2019)ではドゥイグ・アセナ文学賞を受賞した。
ギュンウシュウ出版ではON8文庫の『壊れた時計』(2019)が初めての作品。ON8ブログに掲載された作品が元になっている。『友のために』(2022)は架け橋文庫のために書き下ろされた。
複数のネコ、イヌ、そして人間からなる大家族でイスタンブルに暮らす。
執筆者プロフィール
鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)