企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第68回 

ギュンウシュウ出版2024年夏の新刊①

1.Barış’ın Akıl Almaz Yolculukları /バルシュの不思議な旅

ヤングアダルト向け作品で人気の作家ネスリハン・アジュが、初めて手がけた児童向け作品。父親を懐かしく思い出しながら、猫をかわいがる少年の空想の旅をユーモラスに描く。ネスリハン・アジュは、現実社会に則した作品を得意としてきたが、本作でファンタジーという新たな表現に挑戦している。
 
編集部は、子どもが持つ無限の想像力と夢を見る力を称えるファンタジー作品と評している。
 
小学校高学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
バルシュは、宇宙に関することと、映画と歴史、そしてマンガが大好き。母さんと兄さんと一緒に暮らしている。父さんはいない。
 
バルシュの毎日は同じことのくり返しで、たいくつでしかたがない。映画やマンガみたいな、全然違う世界で活躍できたらどんなにいいだろうと考えている。家の庭にはいつも、緑色の目とふしぎな黄色の毛を持つネコがいるのだが、ネコの生活のほうが、バルシュの毎日よりまだ刺激的だと思っている。
 
ある晩、バルシュは、いまの自分とはまったく別の人性、別の世界の夢を見た。目が覚めてみると、現実世界とは異なる世界で、信じられない冒険に巻きこまれていた。
 
いくつもの見知らぬ街、老人たちが集う幻想的な公園、そしてパリの冷たい実験室、思いもよらぬ船の出現など、次々に現れる奇妙な現象のせいで、現実世界の家に帰る道を見つけることが、バルシュにはだんだんと難しくなっていく。
 
 

2.Dağınık Oda  /散らかった部屋

現実とファンタジーを結びつけて作品を生み出すことに長けたサブリ・サフィエが、子どもの視点から秩序と混沌の概念を描いた作品。「混沌の中に隠れた秩序、秩序の中に隠れた混沌」をテーマにしている。
 
誰しもが子ども時代に経験した、「散らかった部屋をかたづける」「散らかしたものをかたづける」という行為から発想を得た、個性的なファンタジー作品。
 
編集部は、モノに魂が宿る、または偶然と混沌に秩序があると信じているひと、また物事を常に先のばしにしてしまうひとなど、大人も楽しめる作品と評している。
 
小学校中学年以上推奨。
 
 

© Günışığı Kitaplığı

 
金曜日最後の授業では、すべてがゆっくり進む。時計の針は全然動かないし、えんぴつは勝手に折れるし、消しゴムはノートをしわくちゃにして、じゃまをする。明日は休みだとクラスが浮足立っている中、オザンは、窓の外にある栗の木とスズメをぼんやり眺めていた。
 
そこへ国語の先生の太い声が飛んだ。「オザン! 私の話を聞いていますか?」
 
オザンは慌てて答えた。「は、はい、先生! 聞いてます!」。本当はなんにも聞いていなかったのだけれど。
 
先生は、木曜日に提出するはずだった作文の宿題をオザンが今日も忘れたので、点数を引かなくてはならないと言った。しかし、もう一回チャンスをくれるという。「月曜日には必ず提出すること。いいですか、わかりましたか?」
 
オザンは「わかりました」と答えた。
 
授業が終わり、帰る準備をしていると友だちが2人、土曜日に映画に行かないかと誘いにきた。「ゴジラやってるんだって」
 
「ゴジラやってんの?」オザンは、行くと返事をした。そして、宿題の作文を絶対に忘れないと誓った。
 
その夜、オザンは夢を見た。枝を大きく広げ天まで届くような大樹の下にいた。木漏れ日が気持ちいい。なぜこんなに幸せなのか、自分でもわからないままほほ笑んだ。そのまま木の下でひと眠りしようとしたとき、枝をとび回るリスに気がついた。
 
よく見ると、2週間前にかごから逃げ出したハムスターのジッラだ。
「ジッラ! 早くこっちにおいで!」と呼びながら、寄りかかった大樹から起き上がったところで目が覚めた。
 
時間を確認しようと時計を探すオザンの手に触れたのは、汚れたTシャツと、その下に隠れていた算数の教科書だった。
 
オザンの部屋はひどく散らかっているので、かたづけをしなくてはならない。しぶしぶかたづけていたオザンは、突然、自分が「散らかった国」に来ていたことに気がつく。元の世界に戻らなくてはならなくなったが、ハムスターのジッラの助けがあっても、奇妙な「散らかった国」からオザンが脱出するのは、困難を極めることになりそうだった。
 

作家プロフィール


Neslihan Acu
(ネスリハン・アジュ)
イスタンブル生まれ。1982年、ボアズィチ大学産業工学部を卒業。大学時代から執筆活動を始めていた。翻訳家としても活動し、外国の文学作品を手がけている。イズミル・ライフ誌で記者として勤務し、様々なインターネットサイト、新聞のコラムニストとしても活動した。2011年、テレビ番組「読書クラブ」という文芸番組を手がけ、多くの作家と交流を持つ。
最初の作品は『誰がメルテム・Kを殺したか』(2004)。続いて、『女はドン・キホーテになれない』(2005)、『なんてきれいな無償の愛』(2006)、『ハシボソガラスの歌』(2007)、『もう別れた方がいいんじゃない』(2010)、『良き神の子』(2015)と精力的に作品を発表。作品のいくつかは、ブルガリア語とルーマニア語に翻訳されている。
ギュンウシュウ出版では、2017年の『Zの孤独』(ON8文庫)で、初めてヤングアダルト作品に挑戦した。社会問題をユーモラスに描いた『“何から何になったの”一家』(2019)も人気作品となっている。
映画マニア、マンガコレクターでもある。夫とともにイズミルに暮らす。
 
 
Sabri Safiye
(サブリ・サフィエ)
1961年、アンカラ生まれ。イスタンブル大学国際関係学科を卒業後、長年、映画業界で助監督、監督、プロデューサーとして活躍する。しばらくのあいだ、アニメーション制作に専念していた。2010年、映画業界を引退後、自身の経験を大学生に伝える活動を行った。その後の10年は料理人をしていた。
 2009年から、移民問題、特に女性と子どものためのプロジェクトに積極的にかかわってきた。そのフィールドワークで用いるために書いた児童向け作品『月のうさぎ』は、クロード・レオンの絵とともに2021年、トルコ語とアラビア語で出版された。
2022年には児童向け小説『もふもふ宇宙人の冒険』が発表された。2023年には、『もふもふ宇宙人の冒険~ハルフェティ』『イナンナの帰還』の2作を続けて発表し、精力的に作家活動を行っている。2024年に最新作『散らかった部屋』を発表した。
イスタンブルに暮らす。
 
 
  
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。 
 
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)