ギュンウシュウ出版2024年春の新刊③
1.Günlerden Bir Gün /毎日のなかのある日
『アカシヤ広場の子どもたち』で人気作家となったハティジェ・デミルの2作目の児童向け作品。クロヅルの生息地(注1)の湖のほとりにある村を舞台にしている。
編集部は、誠実な語り口で、自然の音や風景、その中で成長していく主人公の少女ギュネシを描きだす、生命の循環を感じさせる作品と評価している。
小学校中学年以上推奨。
オレンジの木の葉っぱのあいだから射しこんでくる光が、わたしのほっぺたをなでて、体中を気持ちのいい熱さで照らしている。まぶしい光をさえぎろうと、わたしは手を傘みたいに自分の顔の前にかざした。そうしていたら、急にまぶしくなくなった。おじいちゃんのクロツルのギュンが、わたしの顔の前に影を作ってくれたんだ。
ギュンは、けがをしていた自分を、おじいちゃんがどうやって助けてくれたか、どんなにかわいがってくれているか、おじいちゃんが病気になったとき、おばあちゃんがこのオレンジの木にもたれてどんなに泣いたかを、教えてくれる。
ギュンの声に耳を傾けていたら、おばあちゃんが門を開けてゆっくり歩いてきた。
「ギュネシ、まだ、おなかはすかないの?」と聞くのでわたしは「ふーむ」と答えた。「キノコがあったら焼いてほしいな」
おばあちゃんはほほえんだ。「キノコは、まだ出てこないねえ。もう少し雨が降ったら、キノコをとりに、森へいっしょに行きましょう」
おじいちゃんは、窓からわたしたちを見て「うちのおじょうさんは、大変なことはおきらいだからなあ。お前だけが行くことになるかもしれないよ」と笑った。
「もう! おじいちゃん! そんなことないもん!」とわたしは抗議したけど、おじいちゃんはまだ笑っている。
ギュネシは、いつも夏休みを、湖のそばの村にある祖父母の家で過ごす。しかし、毎年、遊び相手になってくれる祖父キャーミル・エフェが病気になってしまった。祖父は車いすで生活するようになり、ギュネシの夏休みは、少し形を変えることを余儀なくされた。しかし、祖父のクロヅル・ギュンが一緒にいてくれるのは、うれしかった。
森でキノコをとったり、ヤナギの木陰でピクニックをしたり、祖母が作ってくれるひよこ豆のパンを味わったり、幸せな思い出はたくさんできた。しかし一方で、ギュネシは、とある現実に向き合う必要にせまられていた。
2.Ecmen Takımı /ドリームチーム
ミステリーの作風で人気のギュルセヴィン・クラルが、とある科学プログラムに参加することになったクラスの奮闘を描く。
プログラムで受賞するためのチームを組むことばかりに一生懸命になって、つい見落としてしまう合理的・科学的な思考を、ユーモアある語り口で、分かりやすく物語に仕立てている。
編集部は、暮らしやすい未来を作るための発想を刺激し、前向きな議論をうながす作品であると、評価している。
小学校中学年以上推奨。
新学期初日、ぼくはベッドから飛びおきて、顔を洗い歯をみがき、着替えると、お母さんが朝食のしたくをしているテーブルに突進した。
「エゲ! 起きたの! あなたを起こすのに何回部屋に行かなくちゃならないかしらって、考えていたところよ!」と、お母さんはおどろいた。もう新学期だし、ぼくは学年が上がったんだから当然だよ。それに、夏休み には全然遊べなかった友だちのデフネと、また会えるのが楽しみなんだ。
新しい教室の前で、デフネ、ジェイラン、バランたちと再会して、おしゃべりをしながら席についた。このまま授業がなければいいのに、と思ったら、先生たちは、みんなに夏休みのことを質問して、全員が元気なのを確かめただけだった。でも、理科のハサン先生は違っていた。こう質問したんだ。
「みんながいちばん重要だと思う、そしていちばん興味を持っている発見や発明は何かな?」
ぼくたちは、車、パソコンとインターネット、予防接種、薬、と思いつくままに答えた。先生はうなずくと、こう言った。
「英語のバハル先生と一緒に考えて、EUのプログラムに申しこんだ。そして、イタリアのある学校と、学習に関する意見が一致した。今後についてのやりとりは、まだ続行中だけどね。ぼくたちの希望どおりに進めば、彼らをトルコに招待することもできるし、ぼくらが、向こうへ訪ねることもできる。しかし、まずはプログラムへの参加が、認められなくてはならない。そこで、みんなにアイデアを出してほしい」
先生は、将来、完成させたい発明について考えることが課題だと言った。つまり、さっきの質問は、予行練習だったってわけ。ぼくたちは、新学期1日目から、大変な宿題を抱えることになった。
プログラムに参加が認められるのは10人。エゲのクラスでは、勝てるチーム作りのため、しれつなメンバー選びの競争がくり広げられることになる。なんとかチームを組んだエゲ、デフネ、エシンだったが、プログラムを勝ちぬくためには、さらに大変な作業が待っていた。
注1:作品の表紙にも描かれているが、トルコはクロヅルの生息地のひとつ。アンカラ近くの塩湖・トゥズ湖の周囲には小さな湖や沼地が点在し、渡り鳥が多く見られる。ほか、湖や湿地を含む自然公園も多く、野生のフラミンゴやクロヅルの姿を見ることができる。近年は、渡り鳥を観察するネイチャーツアーなども行われている。
作家プロフィール
Hatice Demir
(ハティジェ・デミル)
1985年、アイドゥン生まれ。ムーラ・ストゥク・コチマン大学トルコ語教育学科を卒業。中東工科大学開発基金メルスィン校で、国語教師として勤務する一方で運営にも関わった。2022年から、同機関のイズミル校に勤務する。
「子ども時代に、ことばの魔法の世界へ足をふみ入れた」と語る作者は、中学と高校を通して、多数の詩や物語作品のコンテストで賞を受賞し、大学では執筆活動に力を注いだ。最初の児童向け作品は『アカシヤ広場の子どもたち』(2022)。2024年に2作目となる児童向け作品『毎日のなかのある日』を発表した。
Gülsevin Kıral
(ギュルセヴィン・クラル)
1959年、エスキシェヒル生まれ。ボアズィチ大学経済学部卒業。長らく銀行関係に勤務した。
2008年、ギュンウシュウ出版から出版された『ノミがとこやでラクダがよびこみ』で、文学賞を受賞する。『郵便受けから魔法』(2006)をはじめとして、ミステリー風の児童作品を手がける。2006年、ÇGYD(児童・ヤングアダルト図書協会)のスルヒ・ドレキ文学賞を受賞。 この時の受賞作品は、のちにギュンウシュウ出版から『秘密の暗号はどの封筒に!』(2007)として発行された。
その後も、イスタンブルの有名建築が次々盗まれる「オメル・ヘップチョゼル探偵事務所」シリーズや、難民の子どもたちに焦点を当てた作品を発表している。 『ノミがとこやでラクダがよびこみ』に続くテケルレメ(早口言葉、決まり文句などの意)の再話『ネコにニンニク?』(2019)を発表し、テケルレメのシリーズとした。また、トルコの各地方を巡り、その土地の子どもたちと直接触れあう活動を続けている。
家族とともにイスタンブル在住。
執筆者プロフィール
鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)