企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第63回 

ギュンウシュウ出版2023年秋の新刊②

1.Bennane’nin Uçan Koltuğu /『ベンナーネの飛ぶいす』

今年、2023年はトルコ共和国建国100年である(注1)。これを祝って、レイラ・ルハン・オクヤイが発表した歴史小説。
トルコ共和国設立の後に開設された、農村部教員養成学校(köy enstitüsü)。共和国で初めて、体系的に教育者を養成した教育機関である。この養成学校のひとつを卒業したある女性が、教師になった。その人生を追いながら、養成学校の設立から今日に至るまでの、彼女の軌跡、成果、変化を語り、それによって、トルコ共和国の教育史をもふり返る。
 
小学校高学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
村は霧の中に沈んでいた。家も木も人びとも、じっとがまんして霧が晴れるのを待っているかのように、村は静かだ。霧の中に一本、大きなイチジクの木がある。その枝の上に一脚のいすが置かれ、あたりを楽しげに見下ろしている。霧で木が隠れているので、いすは空を飛んでいるように見える。
 
そこへ、セリムとシナンの兄弟とお母さんが車で通りかかった。3人は木の上のいすを見上げて、一体だれが座るのだろうと不思議に思う。すると、ひとりの女の子がやってきた。インジル(注:トルコ語でイチジクの意)という名の女の子は「あれ、ベンナーネおばあちゃんのいすだよ」と言った。
 
「おばあちゃんは、あの上で、バイオリンを弾くこともあるの」とインジルは得意げに言った。しかし、3人にベンナーネおばあちゃんのようすを聞かれると、「病気で寝てるの」と肩を落とした。インジルは、大好きなベンナーネおばあちゃんを元気づける方法をずっと考えているのだ。
 
ベンナーネおばあちゃんは、イチジクの木の上のいすに座ってバイオリンを弾き、子どもたちを集めてお話を聞かせ、いつもポケットに本と木の実を詰めこんでいる。おばあちゃんは、農村部教員養成学校の卒業生で、子どもたちに教えるため、勉強だけでなく、音楽、裁縫、畑仕事、なんでも学んできたひとだ。おばあちゃんの昔語りが、子どもたちを共和国の初期へと連れていく。

注1:トルコが共和制を宣言し独立国家となったのは1923年。
 
第一次大戦(1914~1918)に敗北したオスマン帝国は、英仏伊、ギリシャなどの支配下に置かれていた。国土が分断されるのを阻止しようと、1919年トルコ独立戦争が起きる。のちにトルコ初代大統領となるムスタファ・ケマル・アタテュルク(1881~1938)らは、アンカラ(現トルコ共和国首都)にトルコ大国民議会政府を開き、抵抗政権を樹立した。トルコ軍は徹底して戦い、1922年に現在の領土を勝ち取る。
 
1923年、アンカラ政府はローザンヌ条約(スイス・ローザンヌで締結された講和条約。第一次世界大戦の連合国と元オスマン帝国の戦争状態を終結した)を締結すると、共和国宣言を発した。
 

2.Yüz Yaşında Bir Çınar /『プラタナスは100歳』

トルコ共和国建国100年を祝うチーデム・セゼルの詩集。トルコ共和国を、100年を経たプラタナスの大木に例えた叙事詩的な作品である。フルカラーの豪華な挿し絵はムスタファ・デリオールによるもので、裏表紙に描かれた男性が、トルコ共和国初代大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルク。
 
小学校中学年以上推奨。
 
プラタナスの木は、アナトリアに進出してきたころからトルコ民族にとって象徴的な木だった。「偉大なる木」とも呼ばれ、子どもが生まれれば、長寿を願って家のそばに植えられることもあった。
 
また、オスマン帝国を建国したオスマン1世(1258~1326。オスマン・ガーズィーと呼ばれる)の夢に出てきたプラタナスの木の伝説がある。
 
ある日、オスマン・ガーズィーはうたた寝をしていた。夢の中で、シェイフ・エデバリ(1206~1326。オスマン・ガーズィーの義父とされる。有力な宗教的指導者)のとなりに座っていた。するとエデバリの胸から三日月が生まれ、肥え太って満月となった。満月はオスマン・ガーズィーの胸に宿り、そこからプラタナスが生えた。プラタナスは世界を覆いつくし、心地よい木陰を作った。大樹のかたわらに4つの山脈が見えた。カフカース山脈、アトラス山脈、トロス山脈、バルカン山脈である。根元からはチグリス、ユーフラテス、ナイル、ドナウの大河が流れ出していた。
 
木々には果実がたわわに実り、土地は肥え、緑に満ちた谷が見えた。谷には街があり、街にはモスクが建ち、モスクからは祈りの声が聞こえてきた。その時、プラタナスの葉が剣のごとくのびはじめ、風が吹くといっせいにイスタンブルの方角を示した。オスマン・ガーズィーが見ると、ふたつの海の間、ふたつの大陸が向き合うところに街があった。ふたつのトルコ石とエメラルドに飾られたダイヤモンドのような街だった。オスマン・ガーズィーがその街に手をのばしたところで、夢からさめた。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
チーデム・セゼルの詩の主題は、トルコ共和国の独立を称え、自由主義的な理想を後世に伝えることである。
 
「わたしは若きプラタナス。100歳を数えてもなお
老いることはない。ただ葉を増やし茂るのみ
わたしは偉大なプラタナス。美しきこの国の
わたしの根と枝は
地へ空へとのびてゆく。
この物語が終わるとき、わたしに名を与えてほしい」
 

作家プロフィール


Leyla Ruhan Okyay
(レイラ・ルハン・オクヤイ)
1952年、クルクラーレリ生まれ。イスタンブル工科大学建築学部を卒業。同学部の建築史と修復研究所で、年保護プロジェクトに関わる研究を行う。大学院は同様のテーマで修了した。トルコ南東部のガズィアンテップ、シャンルウルファのあいだにあるビレジキ・ダムに沈んだ村々を描いた『ユーフラテスにとけた物語』(2001)では監修を務めた。『鹿のいる森』(2003)、『試練に恋して』(2010)などを発表。
2006年、トルコ語からドイツ語に翻訳された19編の短編アンソロジーに作品が選ばれた。また、自身の子ども時代を語った『イエシルキョイ』、『わたしたちの村を電車が走る』(2012)などの作品がある。
ギュンウシュウ出版では、架け橋文庫の『コウノトリの空』(2012)が最初の作品となる。この作品はÇocuk ve Gençlik Yayınları Derneği(児童・ヤングアダルト図書協会)によって、同年の最優秀ヤングアダルト作品に選ばれた。ほか『空想の好きな女の子』(2014)、『雲に夢中』(2017)。2023年、トルコ共和国建国100年を祝う『ベンナーネの飛ぶいす』を発表した。
イスタンブルに暮らす。
 
Çiğdem Sezer
(チーデム・セゼル)
トラブゾン生まれ。アンカラ・ゲヴヘル・ネスィベ保健教育研究所卒業。看護師、教師として勤務した。さまざまな雑誌に詩が掲載されるようになり、最初の詩集は1991年に発表された。1993年の詩集『狂った水』で、デュンヤ誌の賞を受賞する。その後も詩集で多くの賞を受賞している。
また都市学に関する研究書に加え、『愛と香辛料』(2008)や『青い草原の女たち』(2013)など一般向け小説も手がける。
2014年、子ども向けの詩集『アルファベットからにげだした文字』で、トゥルカン・サイラン芸術賞を受賞。児童向け作品『ジュジュ、わたしをわすれないで』(2015)で、コジャエリ・オルタドーウ工業大学児童文学賞を受賞する。その後は、ヤングアダルトを中心に作品を発表。ギュンウシュウ出版では、『隠された春』(2017、ON8文庫)、『ハヤット菓子店』(2017、架け橋文庫)などの作品がある。『トラック・カフェ』(2019)は、2020年のIBBYのオナーリストに登録された。ほか『大笑いケーキ』(2020)、『ラストチャンス・タイムアウト』(2021)など。2023年に、トルコ共和国建国100年を祝う『プラタナスは100歳』を発表した。
アンカラに暮らす。
 
 
  
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。 
 
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)