企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第62回 

ギュンウシュウ出版2023年秋の新刊①

1.Uzak Dünyalar /『遠い世界』

架け橋文庫の29冊目となる作品。一般小説で数々の受賞をしているドーウ・ユジェルの青春小説。夢見がちな若者たちが見知らぬ人物と出会うことで体験する「冒険」を描く。彼らはこれまでとは異なるコミュニケーションの可能性、友情、愛情、分かち合う力を学んでいく。
 
中学生以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
チェシメ(注1)は知ってるよね。トルコでいちばん有名なリゾートだ。チェシメの曲がりくねった道のずっと奥に、日なた入江があって、ぼくらが住んでいるヴィーナス・ヴィレッジはそこにある。ヴィーナス・ヴィレッジには、夏の別荘地にあるべきものがすべて存在している。斜面に広がる別荘地の一番高いところにあるのが、アルカン家の3階建て、プール付きの有名な別荘だ。
 
ぼくら3人のオクヤイ一家は、父さんと母さんが一目ぼれして買った別荘の一軒に住んでいる。母さんはシェルミン、父さんはイェクタ。母さんは前は服飾の仕事をしてたけど、いまは主婦。父さんはイスタンブルでは小間物屋で、いまは文房具屋をやっている。ぼくアルダは、変わらないな。前もいまもずっと学生。
 
物語はアルダが「遠い世界」とタイトルをつけた1冊のノートをなぞるかたちで語られる。アルダは、「マーベルの映画の登場人物みたいに」相手の心や考えを読み取れる人物が現れ、自分たちは冒険に巻き込まれたと書き出す。空から落ちてきた見知らぬ人物がいったい誰なのかを解明しつつ、アルダたちはほかの出来事にも対処しなくてはならない。暴君に立ち向かい、入江と大切なひとたちを守らなくてはならないのだ。
 
ヤングアダルト作品ではあるが、ユジェルの一般向け作品同様、軽いアイロニーを含んだ力強い文章でつづられている。
 
1Çeşime。チェシメ。エーゲ海地方イズミル県にある町。トルコ国内でも有数の観光地であり、夏のリゾート地として人気がある。
 
 

2.Aşrı Ormanı /『膨らんだ森』

ファンタジーで人気のイレム・ウシャルの作品。森林が消えたとある国を舞台に、3人の友人の旅を描く。挿し絵は、『ラタ・シバ』(2013)でもウシャルと組んだ個性的な絵柄のサディ・ギュラン。
小学校高学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
ピンク色の髪でおどけ者のシドラ、好奇心おう盛でさか立ちが好きなビカ、ポジティブな背高のっぽエネロ。3人は、「深い森」で迎える13歳の誕生日の祝いを待ちわびていた。
 
3人が暮らす「根っこの国」には、木はもちろん花も葉もない。この国はふしぎな形をしていて、「物見の塔」を中心に銀河系のような渦をえがく島国だ。そこから少し離れたところに「双子の木の島」がある。根っこの国の住人は13歳になると双子の木の島へ向かい、そこで自分の「双子の木」を見つけ、木と向き合い、伐採しなくてはならないと決まっている。その日が近づき、ビカは学校の教室でも落ち着いて座っていられないほどだった。
 
しかし、時を同じくして根っこの国に突然、遠く離れたとある国の使節団が訪れることになる。国は活気づいたが突然のことでごった返していた。混乱の中、使節団が到着したが、彼らの大切な種がなくなるという事件が起こる。事件をきっかけに3人の仲間は根っこの国の隠された過去をあばき、真実の物語を見出すことになる。
 
物語の第一章の前には、根っこの国を含む大陸の地図がえがかれている。根っこの国の外には、深い森、蛇の血の森、ねじれた森、震えるポプラの森、などさまざまな森があり、それぞれに「森の民」が暮らしている。
 
読者はウシャルの世界に引きこまれると同時に、自然の多様性を再認識することになると、編集部は評価している。
 

作家プロフィール


Doğu Yücel
(ドーウ・ユジェル)
大学ではラジオ・テレビ・映画学科で修士号を取得。1997年にゲンチリッキ出版社短編小説コンクール、1999年に雑誌ノストロモのSF短編小説コンクールで受賞した。以降、文学の世界に入る。
最初の作品は、短編をまとめた『夢と悪夢と未来の物語』(2000)。続いて2002年に最初の小説『幽霊の本』が発表された。この小説を原作とした映画「学校」(2004)の脚本を手がけたのち、映画「ちょっとした終末」(2006)の脚本も依頼される。
短編作品『太陽泥棒』(2014)、『その死がGoogleで知られた男とそのほかの奇妙な話』(2019)、小説『いないものとされた者たち』(2011)、『このミタト・カラマンは誰?』(2017)を発表。ブラックユーモアを織り交ぜた推理小説『このミタト・カラマンは誰?』は、2023年「ミタト」のタイトルで映画化された。
これまでギュンウシュウ出版では、セレクションに短編が選ばれていたが、架け橋文庫で初めてヤングアダルト向けの小説『遠い世界』(2023)を発表した。
イスタンブルに暮らす。
 
 
İrem Uşar
(イレム・ウシャル)
1975年、イスタンブル生まれ。ノートルダム・ド・シオン高校を卒業後、マルマラ大学ラジオ・テレビ・映画学科を修了。特派員、編集、文筆家として活動する。2012年、国際ペンクラブの招待により、ベルギーのアントワープで開催されたワークショップに参加。そこで、トルコのエーゲ海沿岸アッソスに建つ、スィヴリジェ灯台をテーマにした『灯台のひかり』(2011、ギュンウシュウ出版)を執筆する。
同年に発表した『こひつじちゃーんと遊園地みたいな一家』(2011)は、ÇGYD(児童・ヤングアダルト図書協会)の、その年の最優秀こども向け物語作品に選出された。ほか作品は、『ラタ・シバ』(2013)、『ねむりをさがす女の子』(2016)、『まっすぐ線がとんぼがえり』(2018)、『牧草となる』(2015ON8文庫)など。2020年にはコロナ禍の中、『失われた世界 バルト』『アリ、コロナに立ち向かう』の2作品を発表した。2023年の『膨らんだ森』が最新作となる。
飼い犬たちとともに、イスタンブルに暮らす。
 
  
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。 
 
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)