ギュンウシュウ出版2023年春の新刊
1.İnanna’nın Dönüşü /『イナンナの帰還』
サブリ・サフィエによるSF小説。ON8文庫。世界的な感染症に対する人工知能やナノテクノロジーといった世界の新たな可能性、また災害、人類の古代からの歴史、人類の意思をテーマに描かれており、「新世代のSF」と評されている。
タイトルの「イナンナ」とは、シュメール神話における愛、美、豊穣、戦いを司る女神。アッカド、バビロニア、アッシリアではイシュタルと呼ばれた。
中学生以上推奨。
宇宙の彼方に存在する宇宙研究所ナドリアン。そこではナノテクノロジーと詩の合成を試みていた。地球は新たな感染症の大流行に直面していたため、「母国」の「情報省」は、その感染症「低欲望症候群」と診断された人びとを、詩と食事の組み合わせによって治療していた。
ハッと我に返ったとき、自分が誰か、なぜここにいるのかわからなかった。パニックになりそうなのをおさえ、落ち着いて考えてみた。宇宙服は着ている。足元を見ればナドリアンでも見た宇宙服の靴の先が見える。でもどうやってここまで来たんだったか。
ふと下の方を見ると、地球がある! しかし、自分には命綱も付いていないし、もどるべき宇宙ステーションも見えない。そこにある地球にだってたどり着けない。港を失った船のように、ただ宇宙空間にいるだけだ。ゆっくりとあたりを見回した。こうやって眺めれば、すべてを思い出せるとでもいうように! 僕はどうなるのだろう、流れ星になって消える運命なのだろうか。
ナドリアンによって宇宙空間に放りだされた、まだ若い遭難者「ラッキー」は、92年かかる旅程から戻る途中だった古いカプセル「コンタクトⅢ」に、なんとかたどりつく。カプセル内のシミュレーションプログラム「SⅢ」とコミュニケーションを取ることに成功したラッキーは、古代の知識を未来へ伝達するという使命を帯び、女神イナンナの踊りの謎を解き明かすことになる。
2.Ayşe’nin Bulut Projesiı /『アイシェの雲プロジェクト』
SDGs(持続可能な開発目標)の13番目「気候変動に具体的な対策を」をテーマとした、ベヒチ・アクの児童向け小説。世界的に大きな問題となっている水不足に焦点を当て、ひとりの少女の視点から、都市化、森林の消失、気候変動をわかりやすく説明する。
監修は、水問題の専門家アクギュン・イルハン博士(注1)が行った。
小学校低学年以上推奨。
アイシェはクルミの木に登るのが大好きだ。ある日、その木が枯れはじめていることに気がつき、あわてて家に水をくみに走った。ところが、雨が降らない日が続いていたため、断水が始まったところだった。
アイシェは、雨雲が必要なんだと考えるが、どうしたら雨が降るのかわからない。こまりはてたその時、アイシェの頭の上に小さな雲が現れた。雲は、アイシェと、いつも一緒にいるネコのサルマンを空の散歩に連れ出す。雲に連れられて、アイシェとサルマンは、自然界における水の循環の仕組み、環境汚染、再生可能エネルギーの源、水の効率的な利用、そのための都市計画など、多くのことを学んでいく。
注1:Akgün İLHAN(アクギュン・イルハン)。バルセロナ自治大学科学技術研究所で環境科学の博士号を取得。またスウェーデンのルンド大学で国際環境科学の修士号を取得。トルコのハジェッテペ大学で教育プログラムの修士号、アンカラ大学で景観建築の学士を取得している。トルコの水と気候の危機に関する専門家であり、ボアズィチ大学などで「環境と観光」「環境社会的観点からの持続可能性」などの講義を行っている。
作家プロフィール
Sabri Safiye
(サブリ・サフィエ)
1961年、アンカラ生まれ。イスタンブル大学国際関係学科を卒業後、長年、映画業界で助監督、監督、プロデューサーとして活躍する。しばらくのあいだ、アニメーション制作に専念していた。2010年、映画業界を引退後、自身の経験を大学生に伝える活動を行った。その後の10年は料理人をしていた。
2009年から、移民問題、特に女性と子どものためのプロジェクトに積極的にかかわってきた。そのフィールドワークで用いるために書いた児童向け作品『月のうさぎ』は、クロード・レオンの絵とともに2021年、トルコ語とアラビア語で出版された。2022年には児童向け小説『もふもふ宇宙人の冒険』が発表された。2023年には、『もふもふ宇宙人の冒険~ハルフェティ』『イナンナの帰還』の2作を続けて発表し、精力的に作家活動を行っている。
イスタンブルに暮らす。
Behiç Ak
(ベヒチ・アク)
サムスン生まれ。イスタンブルで建築を学ぶ。1982年から、ジュムフリエット紙で、カリカチュア(風刺漫画)を手がけている。児童書、カリカチュア、戯曲、芸術監督などを手がける一方で、映画業界でも活躍する。
最初の児童向け作品『高血圧のプラタナス』は、野間国際絵本原画展の第5回奨励賞を獲得した。同作はギュンウシュウ出版によって新たな装丁となり、2014年、中国語にも翻訳された。絵本作品の『ふしぎなくも』『ネコの島』『めがねをかけたドラゴン』『ぞうのジャンボ』などは日本語に翻訳、出版されている。
また、過去の作品を新しい装丁でギュンウシュウ出版より発表した。『ベヒチ・アクの笑い話』というタイトルにまとめられた物語は、子どもだけでなく大人の読者からも支持を受けている。30年来の漫画を集めた『ベヒチ・アクのイラスト集』も人気を博している。
『Çの友情に乾杯!』(2013)は、ÇGYD(児童・ヤングアダルト図書協会)によって、同年の最優秀児童書作品に選ばれた。また2014年にはアンカラ大学児童・ヤングアダルト図書応用研究センター(ÇOGEM)の児童・ヤングアダルト小説賞を獲得した。同作に始まる「唯一の子どもたち」シリーズは『理髪店のオウム』(2022)で11冊を数える。最新作は『アイシェの雲プロジェクト』(2023)。
アストリッド・リンドグレーン記念児童文学賞、国際アンデルセン賞でトルコのオナーに選出されている。大の猫好きで知られ、イスタンブルに暮らす。
執筆者プロフィール
鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)