企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第60回 

ギュンウシュウ出版社近況と2023年春の新刊

1.Ceplerine Çiçek Dolduran Çocuk /『ポケットに花を詰める少年』

トルガ・ギュミュシャイによる11の短編をまとめた架け橋文庫。子ども時代、そこから成長して青春期へと入っていく時代独特の、かき立てられるような不思議な気持ちを描く。作者は自身の子ども時代の思い出を記憶から掘り起こし作品に仕上げた。
 
小学校高学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
私は、ポケットに花を詰める子どもだった。7つのポケットがついたシャツを着て外へかけだすと、住んでいた社宅の裏にある小川へ向かう。ヒナギク、タンポポ、ほかの名前も知らぬ花を摘んではポケットをいっぱいにするのが常だった。ポケットがいっぱいになればなるほど、私は幸福を感じた。7つのポケットをいっぱいにするには時間が必要だったが、それがうれしかったのだ。
 
終わってしまったと思ったとき、まだひとつが空だったことに気がつく。私はそのサプライズに喜ぶ。楽しみが長く続くからだ。花に触れて摘むという行為は、私に外の世界の美しさを教えてくれた。摘んだ花をだれかにあげたり、家に帰って水を満たしたグラスにいけたりするのも、私にはすばらしいことだったのだ。
 
何年も経ち、今、私は作家となったが、子ども時代と同じことをしている。人生の美しい花々を集めてはポケットに入れ、文章にしてだれかと分かち合っている。そしてそれが、私にとって幸福であり素晴らしいことなのだ。
 
朝に響いてくるボザ(注1)売りの声、新しい学校でのたいくつな1日目、1羽の雄鶏が引き起こす騒動、強情を張り丘へ登り続けることをやめない友人、夢と現実が混じり合うような不安、思いもよらぬできごとから受けた刺激、抱き続けた罪悪感。日常の細やかなできごとや感情の動きを描き、大人にも楽しい作品となっている。

注1:トルコ語ではBozaと書く。中央アジア・バルカン各国で飲まれている麦芽の発酵飲料。トルコでは小麦かキビを原料に用い、冬の飲みものとして親しまれている。甘くかすかに酸味がある。写真はイスタンブルにあるボザの名店Vefa(ヴェファ)。
 

©ikuko suzuki

 

2.Mayısın Üçüncü Haftası /『5月の第3週』

冒険ものを得意とするメリス・セナ・ユルマズによる少年の冒険譚。不思議な詩が引きおこす奇妙なできごとを追う主人公は、いつのまにか気味の悪い逃避行に巻き込まれていることに気がつく。
 
小学校中学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
ジェンキの父さんと母さんは歯科医だ。この夏、海外の大きな研究会に招待された。ふたりとも、有名な医師や研究者と会えると浮かれているけれど、おかげで夏休みの旅行は取り止めになった。ジェンキは浮かれるどころじゃない、すっかりふてくされている。
 
「いいかげんにため息をやめなさい。研究会が、私たちにとってどれだけ大切なことかわかるでしょう」と母さんは言う。わかっているけど、ジェンキの学校の授業だってなかなか大変だった。だから夏休みの旅行を楽しみにしていたのに、大おばさんが経営するボズジャアダ(注2)のホテルに、急きょ預けられることになったのだ。
 
「絶対にボズジャアダが気に入るわよ! 帰りたくないと思うかもね!」母さんの言葉に反して、ジェンキはもう家に帰りたかった。
 
しかしホテルに着いてみると、恐ろしげな庭師のヒュスニュ、笑い上戸の料理人ビロル、変わり者のネジラおばさんたちは面白かった。着いた日からそうじを言いつけられたのはつまらないし、海で泳ぐ方がよかったけれど。
 
しかし、島には秘密の詩があり、砂浜でも驚きのできごとに遭遇する。新しい友だちビュシュラの力を借り、ジェンキは怪しい地下室、とんぼ返り男、そして地下道の鳥たちの謎を解き明かしにかかる。

注2:マルマラ地方のチャナッカレ県の島。ダーダネルス海峡(チャナッカレ海峡)の入り口付近に浮かぶ。ギリシャ語ではテネドス島。トルコのリゾート地として人気が高い。
 

作家プロフィール


Tolga Gümüşay
(トルガ・ギュミュシャイ)
1972年、エディルネ(マルマラ地方のトラキア)生まれ。父の仕事の関係で子ども時代をトルコの各地で過ごす。小学校に入学したのはブルサ(マルマラ地方)で、卒業したのはエルズルム(東アナトリア地方)だった。イスタンブルのカドゥキョイ・アナドル高校で寮生活を送り1990年に卒業した。イスタンブル大学ビジネス学部で学士を修め、マルマラ大学組織行動科学で修士課程を終える。1993年以降、広告業界に勤務していた。
最初のヤングアダルト向け作品『寮生活は丸6年』(2001)をギュンウシュウ出版から発表した。一般向け小説としては『ピンクのドレス』(2004)、『アノルマル』(2008)、『誰のものでもない街』(2010)など。
ギュンウシュウ出版からは、ヤングアダルト向け作品『不用意』(2011)以来しばらく時間が空き、『ポケットに花を詰める少年』(2023)が最新作となる。
妻、息子とともにイスタンブルに暮らす。
 
Melis Sena Yılmaz
(メリス・セナ・ユルマズ)
1997年、ブルサ生まれ。イスタンブルのボアズィチ大学経済学部で学士、修士を修める。児童向け演劇の脚本家を手がけ、作品はさまざまな場所で上演されている。
学生時代にアルバイトをしていた、カラキョイとシシハーネの両地区を歩いているときに思いついた冒険譚を、最初の児童向け作品である『裏イスタンブル』(2022)としてギュンウシュウ出版から発表した。最新作は『5月の第3週』(2023)。イスタンブルに暮らし、日中は社会科学、夜は文学を学んでいる。
 
 
  
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。 
 
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)