企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第51回 

ギュンウシュウ出版2022年春の新刊①

1.Aşağİstanbul /『裏イスタンブル』

若手作家メリス・セナ・ユルマズの、最初の児童向け作品。姿を消した父のあとを追って、「裏イスタンブル」に迷いこんだ少女ゼイネップの冒険を描く。イスタンブル新市街のガラタ地区を中心に、「もうひとつイスタンブルがあるとしたら、どんなところか?」という想像力を刺激する作品に仕上がっている。
 
小学校中学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
パパは「1時間で戻るよ」と言って出かけていった。そして24時間たった。わたしのパパ、ムラト・ディンギンは探偵だ。でも、パパが犯人のあとを尾行しているすがたなんて想像できない。事務所でぼんやり座っているならわかるけど。それでも電話にも出ないし、何も連絡しないで帰ってこないのは心配。おばあちゃんは、ぜんぜん心配していないみたいで、「よけいなことには、鼻をつっこまない」しか言わない。
 
おばあちゃんの目を盗んで家をぬけ出し、ガラタにあるパパの探偵事務所を目指した。1回も連れてきてもらったことはないけど、看板を頼りに細い道を歩く。見つけた事務所は、廃墟みたいな建物に入っていた。建物のドアはかぎがかかっていたので、わたしはインターホンをかたっぱしから押してみることにした。廃墟みたいなのにインターホンは新しい。変なの。やっと答えた声に「荷物の配達です」とうそをついて、4階の事務所までかけ上る。事務所にもかぎがかかっていたけれど、パパのくせで、かぎは靴ふきマットの下に隠されていた。
 
事務所は、思ったよりせまくてほこりまみれだった。パパは、長いことここに来ていないみたい。机には、チャイのあとがついたコップと、本が一冊。その本の間から、パパの携帯電話が落ちた。
 

© suzuki ikuko
   細い路地のすき間から見えるガラタ塔。塔の周辺をガラタ地区と言う

 
祖母と一緒に父を探すうち、ゼイネップは、「裏イスタンブル」の路地にいる自分に気がつく。奇妙なカモメ、ガラタ塔の形をした角を持つ馬などが暮らす「裏イスタンブル」で、ゼイネップは父を探し出し、この世界の住人たちを救うため、奔走することになる。
 
 

2.Sevgili Ucube /『大好きなウジュベ』

セヴギ・サイグが、エーゲ海沿岸のある村で夏休みを過ごす3人の子どもたちの、自然の中での冒険を描く。夏休みの子どもたちを通して、自然がひとにとってどれほど大切かを語る作品になっている。
 
前書きには日本語で「森林浴(ŞİNRİNYOKU)」と書かれ、「森を訪れ、木や植物に囲まれて、その香りを浴び、精神的な平安と心理的なリフレッシュを得る」と説明されている。
 
題名の「ウジュベ」とは物語に出てくる人形の名前であり、トルコ語では「驚くほどみにくい、怪物」などの意味がある。
 
小学校中学生以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
夏休みに預けられた祖母の家で、ヤプラクは自作の小説を書きながら大いに満足していた。さて次の段落に取りかかろうとしたとき、机の上に小さなトカゲが落ちてきた。驚いたヤプラクは水の入ったコップを倒し、小説用のノートもなにもかも水びたしにしてしまう。
 
トカゲを落としたのは弟のヤマンだった。いたずら好きの弟はあれやこれやとちょっかいをかけては、ヤプラクをイライラさせる。おばあちゃんに頼んで、ひとりになれる部屋を用意してもらったのに、ズカズカ入ってくるのだ。
 
ヤプラクは、ヤマンのいたずらから逃げて森へ行くことにした。ところが知らないうちに「ウジュベ」と呼ばれている人形がヤプラクのカバンにくっついて家までついてきたのだ。そんなことは知らないヤプラクは、小説の続きを書くのに夢中になっていた。ヤマンにつつき回されたこと、やけに気取った従姉妹のセイダが急にやってきたことで、ウジュベの存在は面倒なことになる。とうとう、ウジュベを森に戻さなくてはならなくなったヤプラクは、がっかりする。そんな時、お爺ちゃんが3人にある秘密を明かしてくれた。
 
 

作家プロフィール


Melis Sena Yılmaz
(メリス・セナ・ユルマズ)
1997年、ブルサ生まれ。イスタンブルのボアズィチ大学経済学部で学士、修士を修める。児童向け演劇の脚本家を務め、作品はさまざまな媒体で上演されている。
 
学生時代にアルバイトをしていた、カラキョイとシシハーネの両地区に魅了された。最初の児童向け作品である『裏イスタンブル』(2022)は、ベイオール地区の路地を歩いているときに思いついた。イスタンブルに暮らし、日中は社会科学、夜は文学を学んでいる。
 
Sevgi Saygı
(セヴギ・サイグ)
1975年、イズミル生まれ。1985年ドクズ・エイリュル大学の芸術学部映画・テレビ科を卒業。同年から、アトゥフ・ユルマズ映画製作会社の監督アシスタントとして活動する。TRT(トルコ・ラジオ・テレビ)イスタンブルのラジオの子ども番組や、ラジオドラマのシナリオも担当した。一方で、劇場向けに脚本も書いている。

2009年に最初の児童書作品『父さんはどこへ消えた?』を、続いてシリーズとして『おじさんに何がおきたのか?』、『秘密の日々』を発表した。『おばあちゃんの中に宇宙人が!』(2016)を書いた後、2017年からは、低学年向けの新しいシリーズ「ジャスミンとラベンダー」を手がけている。ギュンウシュウ出版ではヤングアダルト作品も発表しており、『取りかえっ子エフサ』(2014)などがある。2022年の最新作『大好きなウジュベ』には、自然を愛する熱い思いがこめられている。
 
イズミルの隣県アイドゥンで、犬、猫たちと暮らす。
 
 
 
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。 
 
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)