企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第50回 

ギュンウシュウ出版2021年秋の新刊④

1.Son Şans Durağı /『ラストチャンス・タイムアウト』

数々の文学賞を受賞しているチーデム・セゼルの作品。金銭的に余裕がない家庭で育った子どもたちが、人生に希望を抱く姿を描く。将来に希望もなく傷ついた魂を抱えた高校生たちの前を向いた歩みに、寄り添うような作品になっている。
 
小学校高学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
俺はセファ。母さんは俺を生んですぐに死んじゃった。2番目の母さん、エルマス母さんは、父さんとは再婚だったけど自分の子どもはいなくて、俺のことをすごく愛して育ててくれた。でも、俺が16歳になった日の夜、心臓発作であっけなく。父さんは3回目の結婚をしたけど、こんどのひとと俺はうまくいっていない。あっちが、俺が家にいるのをいやがるから。
 
セファは、イスタンブルにある商業高校に通っている。同級生は、みな、セファと境遇が似たり寄ったりだ。家が貧しかったり、家族が崩壊していたり。校長先生ですらとっくに彼らに見切りをつけた、そんな生徒たちだ。
 
しかし、新任の体育教師がハンドボールチームを立ち上げたことで、大きな変化が訪れる。初めて接するハンドボールのために集まった生徒たちは「希望」というものを知り、一生懸命に練習にはげむ。子ども時代から人生に痛めつけられてきた高校生たちの大きな変化を描く。
 
 

2.Küçük Bir Mesele /『ちょっとした問題』

ネスリハン・オンデルオールが、ギュンウシュウ出版のON8(オンセキズ)ブログ「妖精の馬」で書きためてきた短編をまとめた。カフェ、大学、家庭、街中、生活のいたるところで起きている小さなできごとと、それに相対する若者たちを描く、27の短編が収められている。ON8文庫。
 
中学生以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
表題作の「ちょっとした問題」では、とある一家の問題児がチャンスをつかむ。
 
母さんがおいしいキョフテを作って、さあ食べようというところで家のチャイムが鳴った。父さんのきげんは急降下した。「行って見てきなさい。どうせお前の兄だ」とぼくに言った。父さんと兄ちゃんが顔を合わせるといつも同じ。父さんは兄ちゃんを叱りとばして、兄ちゃんは色んな口実をこしらえては反論する。そこへ母さんがなだめに入る。ご飯はテーブルの上で冷めていく。
 
ドアを開けると、兄ちゃんの友だちのフィクレットがいた。
 
「エンギン、お前の兄ちゃんが呼んでる」
 
ぼくは行きたくなかった。おなかは空いているし、ご飯は熱々だ。でも、話しているうちに兄ちゃんが今度は何をしようとしているのか気になってきた。「ちょっとした問題みたい。兄ちゃんを連れてくるよ」と父さんに言って、フィクレットと家を出た。
 
家の前の駐車場に兄ちゃんと友だちふたりがいた。興奮した身振り手振りで話している。兄ちゃんがぼくを呼んだ理由は、赤いミニバスだった。古いタイプでレトロな形だけど、ちゃんと整備されている。兄ちゃんはミニバスを買ったという。
 
「お金は?」とぼくは聞いた。「なんとかなったんだ」と兄ちゃん。間違いない、大学予備校用にと、父さんと母さんから渡されたお金を使っちゃったんだ。兄ちゃんは、ぼくに父さんに取りなしてくれという。「お前は勉強もできるし、おやじの自慢の息子だからさ」と。ちょっとした問題どころじゃない。
 
兄ちゃんと家に帰ったら父さんは案の定、ものすごく怒った。そして一言も口をきかなくなった。兄ちゃんもミニバスを買っただけで、別に計画があるわけじゃない。どうするんだろうと思っていたら、ある日、近所のひとが知り合いを連れてきた。テレビドラマの制作をしているひとで、ちょうど兄ちゃんのミニバスの時代のドラマを作っているらしい。いいレンタル料金と、兄ちゃんもちょい役だけどドラマに出してくれるという条件でバスを借りていった。
 
ドラマは人気が出て、第2シーズンが決まった。兄ちゃんも、もうちょっといい役で引き続き出演できることになった。父さんは、ミニバスがとまっていた、いまはからっぽの駐車場を見ては「うちのちょっとした問題児はいつ帰ってくるんだろうな」と言っている。
物語に出てくる人びとは、旅行へ行き、傷つき、家へ帰り、望まなかった人生を生き、冒険を追いかけ、家業を手伝い、希望を抱き、捨て去り、待ち、夢想し、受け入れ、人を信じようとする。
 

作家プロフィール


Çiğdem Sezer
(チーデム・セゼル)
トラブゾン生まれ。アンカラ・ゲヴヘル・ネスィベ保健教育研究所卒業。看護師、教師として勤務した。さまざまな雑誌に詩が掲載されるようになり、最初の詩集は1991年に発表された。1993年の詩集『狂った水』で、デュンヤ・デルギスィ誌の賞を受賞する。その後、詩集で多くの賞を受賞する。
2014年、子ども向けの詩集『アルファベットからにげだした文字』で、トゥルカン・サイラン芸術賞を受賞。児童向け作品『ジュジュ、わたしをわすれないで』(2015)で、コジャエリ・オルタドーウ工業大学児童文学賞を受賞する。その後は、ヤングアダルトを中心に作品を発表。ギュンウシュウ出版でも、『隠された春』(2017、ON8文庫)、『ハヤット菓子店』(2017、架け橋文庫)がある。『トラック・カフェ』(2019)は、2020年のIBBYのオナーリストに登録された。ほか『大笑いケーキ』(2020)。アンカラに暮らす。
 

Neslihan Önderoğlu
(ネスリハン・オンデルオール)
イスタンブル生まれ。ボアズィチ大学経営学科を卒業。『お入りにならなかったの?』(2012)で、2013年、ハルドゥン・タネル文学賞を受賞。著書に『季節の法線』(2013)、『ここにそんな人はいない』『人生よ戻れ』(2015)、編集も務めた選集に『雪にまみれた冬の物語』(2014)など。
最初の児童向け作品は選集『おはなしして』に収められた。その後、様々な児童書の企画に加わり、「サルンチのおはなしの雑誌」で編集者を務める。最初の児童向け長編小説は、架け橋文庫のために書いた『私にあなたの声を預けて』(2015、ギュンウシュウ出版)。その後、ヤングアダルト向けの短編集『不幸せなピエロ連盟』(2016)、ON8(オンセキズ)文庫のために、長編『絡みつく月』(2017)、『奇妙なことが起きたの、ミスター・タランティーノ』(2018)を発表。コンスタントに作品を発表している。
 
 
 
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。 
 
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)