ギュンウシュウ出版2021年秋の新刊③
1.Karga Feramuz’un Aşkı /『カラスのフェラムズの恋』
ファンタジーの名手とも言われるナズル・エライの作品が、架け橋文庫に第25作目として収録された。ナズル・エライはイスタンブルの有名な場所や建築を舞台に、多くのファンタジー作品を発表しているが、本作もその流れをくんだもの。
小学校高学年以上推奨。
裏庭の木から落ちてきた日記を見つけた。開いてみたらびっくりした。年老いたカラス、フェラムズの日記帳で、そこにはジェヴリエさんという女性に恋をしてからの思いが、ずっと書きつづられていたから。最初のページを開いてみると、斜めになった字でこう書いてあった。
「ジェヴリエさん。なんて美しいお嬢さんなんだ。今朝、庭で花をつんでいるところを見つけた。胸がどきどきした。ぼくは彼女のそばを飛び、クルミの木の枝にとまった」
ジェヴリエさんは、わたしの父方のおばあちゃん。今では髪の毛は真っ白で、毎晩、わたしと一緒に寝てくれる。お話もしてくれる。わたしはもう大きいんだから、愛とか恋のお話をしてくれてもいいのに、おばあちゃんはいつも小人や怪物が出てくるおとぎ話ばかり聞かせてくれる。もしかしたら、おばあちゃんはカラスのフェラムズの恋のことを知っていて、わざと恋のお話をしないのかもしれない。
とにかくカラスの日記にびっくりしたので、一番の友だちに話そうと決めた。わたしの一番の友だちは、ガイコツだ。イスタンブルの考古学博物館で先史時代のケースに展示されているガイコツ。わたしよりずっと長くこの世界にいるから、たくさんのことを知っている。次の土曜日、いつものとおり考古学博物館に行くと、私を見つけたガイコツは、ケースの中で少しだけ身を起こした。南西の風で骨が痛むと文句を言いながら。
考古学博物館の門。イスタンブル観光の中心地、旧市街のファティフ地区にある
作品には、ヴィーナスの像、泣く女たちの棺など、考古学博物館に収蔵されている有名な展示物が多く登場する。
2.Kış Güneşi /『冬の太陽』
多くの文学賞を受賞しているスィベル・K・テュルケルによる、ギュンウシュウ出版では、初めての作品。架け橋文庫。バラバラになってしまったある一家の物語。冬のアンカラの厳しい毎日を過ごす人々の姿を描く。テュルケルにとっては、初めての児童向け・ヤングアダルト作品である。
小学校高学年以上推奨。
その冬は、エキンに、なにもかもが降り注いだ冬だった。離婚した両親と兄弟のジャンが、また一緒になったのだ。ジャンがおなかにいるときの母さんは、ずっと泣いていた。「あなたに、こんなに重い荷物を背負わせるつもりはなかったのよ」と言いながら。エキンは「わたし、もう15歳だよ。人生がどんなものかわかりはじめる年なんだから。人生は戦争であり、戦う準備はできております、司令官殿!」と母さんをはげますように答えた。でも、結局母さんは泣いていたけど。きっとホルモンのせいだと思うことにした。
学校の成績も下がってきたし、先生には「なにかあるなら相談に乗るから、なんでも言いなさい」と言われている。大好きだった国語の授業にも身が入らない。
そんななか、また家族の同居が始まった。両親は一生懸命働いて、それぞれのペースを取り戻そうとしていたけれど、エキンは気持ちがついていけない。高校の友人、ギゼムとオズギュルがいなければ、エキンの冬はいつまでも終わらなかったかもしれない。
架け橋文庫の編集部は、誰もが自分の人生の一部をそのなかに見出せる作品である、と評している。
作家プロフィール
Nazlı Eray
(ナズル・エライ)
アンカラ生まれ。イギリス女子中学校、イスタンブル・アルナヴトゥキョイ・アメリカン女子カレッジ、イスタンブル大学法学部で学んだのち、観光振興省で通訳業務に当たる。さまざまな新聞でコラムニストとしても活動する。作家協会の設立者のひとりでもある。トルコ作家連合と国際ペンクラブ(PEN)のメンバーであり、アメリカのアイオワ大学の名誉会員である。
最初の創作は、1959年、中学時代に書いた「ムシュー・キリスト」という短編だった。1975年、最初の書籍『ああ、ミスター、ああ』が発売された。1988年、『道を横切る物語』に収録された「カーネーション夜間学校」で、ハルドゥン・タネル文学賞を、2001年に発表した小説『愛をまとう男』で、2002年のユヌス・ナーディ文学賞を受賞した。児童向け作品『フレジ・アパルトマンの秘密』は、2009年に、ÇGYD(児童・ヤングアダルト図書協会)の同年の最優秀児童書作品に選ばれた。同年、トルコ図書館協会の、最優秀作家賞を、2010年にアンカラ・ロータリークラブの功労賞を、2014年にはトルコ・ファンタジー・サイエンスフィクション芸術協会のブルーフェニックス賞を受賞した。
作品は多くの言語に翻訳され、短編映画やテレビドラマの原作にもなっている。「モンテ・クリスト」「夢小路」などの短編は2005年、イタリア人監督アンジェロ・サヴェッリによって、『L’ultimo Harem(最後のハレム)』のタイトルで舞台上演された。
『ほこりをかぶった金の鳥かご』(2011)、『夢のことのようにあなたを思い出す』(2013)などの回想録も発表した。作品は70作以上に及び、第39回イスタンブル国際ブックフェアーの名誉作家に選ばれた。ギュンウシュウ出版では、『カラスのフェラムズの恋』(2011)が2021年、架け橋文庫として収録された。
Sibel K. Türker
(スィベル・K・テュルケル)
アンカラ生まれ。アンカラ大学法学部を卒業。初期の短編が主要な文芸誌に掲載されるようになると、コラムニストとしても活動を始めた。最初の作品は『ハートを書く』(2003)。2004年、『物語中毒』(2005)でユヌス・ナーディ文学賞を、2006年、『毒を』(2005)でハルドゥン・タネル文学賞を受賞した。
小説は、『詩人の死』(2006)、『聖母マリアの唯一の人生』(2008)、『私の罪すべて』(2010)、『人生を愛するという病』(2012)、『メジュヌンの蝶』(2015)、『ここに残る』(2018)など。『人生を愛するという病』では、2013年、ユヌス・ナーディ長編小説賞および、ドゥイグ・アセナ文学賞、エブベキル・ハズム・テペヴラン文学賞を受賞した。『詩人の死』は複数の外国語に翻訳されている。
ギュンウシュウ出版では、架け橋文庫のために書き下ろした『冬の太陽』(2021)が最初の作品となる。
アンカラに暮らす。
執筆者プロフィール
鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)