1.Sen Ne İstersen /『君が何を望んでも』
複数の文学賞を受賞したネスリハン・オンデルオールの短編集。25編の短編が収められている。同じく短編集の『不幸せなピエロ連盟』(2016)に続き、若者たちの日常を描く。
中学生以上推奨。
「入江の一日」では、三人の少年が誰もいない入江で夏休みのある一日を過ごす。
イスタンブルの同じアパルトマンに暮らすオメル、トゥンチ、メテは、今年の夏休みにどこにも行けないという悲しみを共有している。家の新車のローンのせいだったり、両親の仕事が忙しすぎるせいだったり。
ある日、オメルがアダラル(注1)の入江に行こうと提案した。昨年、大学生の兄とその友人たちと一緒に行った島に小さな入江がある、そこなら一日遊べるからと。トゥンチもメテもすぐに賛成した。オメルは、「ただし、だいぶ歩くからね。島の反対側に出なくちゃいけないからさ。あとから文句言うのは、なしな」と笑った。
朝一番のアダラル行きのフェリーに乗り、三人は島に着いた。平日だったので、船も島もすいていた。ずっと歩いて、トゥンチとメテが文句を言いはじめたころ、アスファルトの道は終わり、森に続く小道に入った。キャンプをする人もおらず、シンとした道だった。メテは携帯の電波を確かめて、「すごく弱いや」と不満を言った。
カモメの声を追ってたどり着いたほんの小さな入江は、小石と貝殻の海岸で、海はガラスのようにキラキラしていた。そして、三人以外に誰もいなかった。
学校、休暇、家庭、ショッピングモールといった、ふつうの生活圏の中で過ごす若者たちの、日常の心の動きや会話がテーマとなっている。不安がテーマだった『不幸せなピエロ連盟』とは異なる面から、それぞれの青春の姿を描く。
2.Bozuk Saat /『壊れた時計』
ユヌス・ナーディ文学賞を受賞したウルマク・ズィレリによる、ON8文庫のヤングアダルト作品。
とある広場に飾られている「壊れた時計」の目を通して、人の心の底、ものごとの本来の姿、自然の声を追いかける。その時計は200歳で、広場に設置されてからは100年ほどが経つらしい。長い時間、自分の周囲の出来事、人びとを見つめてきた時計の語りで物語は進む。
私はかつて、ある城の庭に飾られていた。そこに連れてこられてからしばらくして、私の不具合が始まったのだ。当初、己の不具合に私自身も理由がつけられなかった。城の者たちが時計屋に持っていっても、「この時計におかしなとこなんてありませんや、持って帰ってくださいよ」と言われてしまう。しかし、私は気がついた。この城の城主が私のそばに近づくと、私の時間が狂うことに。私は、彼の決して安寧を覚えない感情の上下に影響されてしまうのだ。彼の感情によって、私の針は止まり、もしくはやけに早く進む。結局、私は城主の命で城の倉庫にしまわれた。
次に日の目を見たのは、城主が死んだあとだった。皆は、私をとある広場に飾った。そしてすぐに、「壊れた時計」と呼ぶようになった。
広場でのある日、私は三日月の形に座り、ある人物の語る物語を熱心に聞いている、子どもたちの一団が気になった。そっと近づいて(もちろん物理的に近づきはしない、おかわりだろうが)みると、いつの間にはひとりの少年の目の中に私の視界は入りこんでいた。
時がこぼれ落ちるような時計の語りには、忍耐、希望、忘却、懐古、孤独が描かれていると編集部は評している。
注1:アダラルは、イスタンブルのマルマラ海沖にあるプリンスィズ諸島のこと。9つの島からなる。プリンスィズ諸島の名は、ビザンツ帝国時代に王族、貴族の流刑地であったことから。現在は避暑地、別荘地として人気がある。
執筆者プロフィール
Neslihan Önderoğlu
(ネスリハン・オンデルオール)
イスタンブル生まれ。ボアズィチ大学経営学科を卒業。『お入りにならなかったの?』(2012)で、2013年、ハルドゥン・タネル文学賞を受賞。著書に『季節の法線』(2013)、『ここにそんな人はいない』『人生よ戻れ』(2015)、編集も務めた選集に『雪にまみれた冬の物語』(2014)など。
最初の児童向け作品は選集『おはなしして』に収められた。その後、様々な児童書の企画に加わり、「サルンチのお話の雑誌」で編集者を務める。最初の児童向け長編小説は「かけはし文庫」のために書いた『私にあなたの声を預けて』(2015、ギュンウシュウ出版)。その後、ヤングアダルト向けの短編集『不幸せなピエロ連盟』(2016)、長編『絡みつく月』(2017)、『奇妙なことが起きたの、ミスター・タランティーノ』(2018)を発表。コンスタントに作品を発表している。
Irmak Zileli
(ウルマク・ズィレリ)
1978年、イスタンブル生まれ。社会人類学を学ぶ。テレビ、雑誌の特派員として働いたのち、立ちあげに関わった「ロマン・カフラマンラル」誌の、編集責任者となる。「レムズィ図書新聞」の編集責任者を務め、同時にコラムニストとしても執筆を行う。
2011年、最初の小説『はじまり』を発表し、同作で翌年2012年のユヌス・ナーディ文学賞を受賞した。『目をそらすな』(2014)、『影の中』(2017)などの作品を発表する。『最後のながめ』(2019)ではドゥイグ・アセナ文学賞を受賞した。ギュンウシュウ出版ではON8文庫の『壊れた時計』が初めての作品。
娘とともにイスタンブルに暮らす。
Hande DEMİRTAŞ
(ハンデ・デミルタシュ)
1970年、イスタンブル生まれ。大学で、美術品の修復を学ぶ。1995年、ギュンウシュウ出版の創設に関わって以来、同出版社に勤務。さまざまな部署を経て、現在はギュンウシュウ出版の著作全般に責任をもつ副社長として業務にあたっている。会社経営にも携わりつつ、出版される全著作物に目を通し、最終的なチェックを行う役割も担っている。