企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第4回

2013年11月1日から10日、イスタンブル・ブックフェアが開催された。今年もブースを出しているということで、 ギュンウシュウ出版にハンデさんを訪ねた。


©Günışığı Kitaplığı/鈴木郁子
ハンデさん(右)は忙しい中を縫って、ギュンウシュウのブースでポーズをとってくれた

念のために事前連絡をし、時間をちょうだいしてから訪ねたのだが、海外の出版社に対応し、顧客の質問に答え、作家陣をエスコートし……と、ハンデさんは思った通りに八面六臂の活躍中だった。そして、笑顔で両手を広げて迎えてくれるのも、相変わらず。目のまわるような忙しさの間を縫ってチャイを片手にやっと一息ついたハンデさんに、今年のギュンウシュウの活動についてうかがう。そして、2013年秋のカタログから、ギュンウシュウ出版のお勧め作品を教えていただいた。その7作品を紹介する。

1. LATAŞİBA~iki kentin arasında /『ラタ・シバ~ふたつの都のその間』
『ラタ・シバ』は、2013年のカタログの表紙にも使われている。作者はİrem UŞAR(イレム・ウシャル)。2011年にトルコの児童出版協会の審査員特別賞を受賞するなど、実力を見せている若手作家だ。
かつてはひとつだったのに、高い壁によって隔てられ、いつしか互いの存在を忘れてしまったふたつの都と、それぞれの都に住む人々の物語。そのふたつの都を、ふたりの少年少女が再びつないでゆく。8~12歳向け。


©Günışığı Kitaplığı
向かって左がシュロプガン、右がダラ。見た目も生活も正反対のふたりは、手探りで互いの都を目指す

シュロプゲンは「丸い人」たちの都ラタに、ダラは「長い人」たちの都シバに住んでいる。互いに、互いの存在を知らないまま。
「丸い人」のラタでは、人生は山盛りのアイスクリームのように楽しくすぎる。太って陽気な彼らは、歌を好み、美味しいものを食べ、物事に深刻になるということがない。「長い人」のシバでは、すべてのことが型にはめられ、厳格である。都は高い塀に囲われ、その向こう側をのぞき見ることはできない。建物も人も、すべてのものが細長い。窓も同様なので、外を眺めることはとても難しく、人々は塀の外の世界を気にすることのないよう教育される。そして「広い」という単語を使うことは禁止されている。
ある日、ダラは、図書館の最上階で1冊の古い本に載っていた写真に、授業で習ったこととは別の事実を見つける。そして、シバにはいないはずのガラスのように透き通った1匹のカエルも。ダラは、都市を囲んでいる塀の向こうに必ず何かがあると確信する。一方、シュプロゲンはラタの「月の宴」で、何もないはずの中空に満月の光によって映し出された、高い建物の立ち並ぶ街の影を見つける。彼はその正体を確かめようとひとり動き出す。

2.Köprü Kitapları /〈架け橋〉シリーズ
以前(第2回参照)ハンデさんにもご紹介いただいた〈架け橋〉シリーズからは2冊の新作が刊行された。共に2010年に発表され、同年のメメット・フアット出版賞(筆者注:2002年に没した作家・詩人・批評家にして、若者とスポーツを結びつける運動にも熱心だったメメット・フアットの名を冠した文学賞。2004年に始まった。ちなみに、フアット本人は『死んだ女の子』の詩で世界的に有名なトルコ詩人ナーズム・ヒクメットの義理の息子にあたる)を受賞している。
Cemil KAVUKÇU(ジェミル・カヴクチュ)の Yolun Başındakiler/『道の入り口で』、Gaye BORALIOĞLU(ガイイェ・ボラルオール)の İçimdeki Ses/『心の声』。両書とも、一般書の作者が初めてヤングアダルトに書き下ろした読み応えのある作品である。中学生以上推奨。

Yolun Başındakiler /『道の入り口で』は、中学校へあがる少年の目を通して、少しずつ大人の世界へ近づいていく誇りと不安を描きだす。


©Günışığı Kitaplığı
ひと昔前のトルコの学校事情が、子どもたちの目線で描かれている

小学校の卒業式。子どもたちは浮かれていた。これで、変な色のスモックを着る毎日とはおさらばだ(筆者注:トルコでは、一般的に小学生たちはスモックを着て学校へ行く)。勉強を怠けた罰に、ドアの向こうでベルが鳴るまで片足で立つ日々も終わりを告げる。
中学校へとあがるイスメットも同様に誇り高い気持ちだった。だが、同時に不安でもあった。もう、トミックスの漫画(筆者注:1951年にイタリアで刊行された、テキサスが舞台の冒険コミックス。原題は Capitan Miki。トルコではTommiksの名で1955年から発売され、大人気となった)も卒業しなくてはならないし、行きたいと思ったときに映画を見に行くような気楽なこともできない。
中学校の教師たちは、ひと睨みで生徒たちを震えあがらせる。だが、その稲妻のような視線を恐れない生徒たちのグループがあった。イスメットは、ハティジェという少女に想いを寄せつつも、どうしたらいいのか分からないでいる。そんな混乱した気持ちのまま、イスメットはそのグループに関心をよせるようになる。

İçimdeki Ses /『心の声』は思春期の一人の少女が主人公。彼女をめぐる家族、学校、外の世界、それぞれの環が互いにどう結びついているかを描く。


©Günışığı Kitaplığı
思春期の女の子と、その周囲の人々の会話が非常にリアル。ドラマなどの脚本を手掛けてきた作家の本領が発揮されている

思春期特有の意欲と反発心が空まわりして、周囲とうまくやっていけない少女ゼリシュ。鏡に映る自分の姿は、どもこかしこも気に入らない。ニュージーランドでもどこでもいいから、遠くに行ってしまいたいと思っている。母はクラスで旅行に行くのを許してくれず、大好きな祖父も今回ばかりは力になってくれない。ゼリシュは家族に黙って旅行に行こうと画策を始める。
同じころ、ゼリシュの学校にフランスからの転校生がやってきた。「すごくかっこいい」と女の子たちが騒ぐ噂の転校生を一目見るなり、ゼリシュは恋に落ちる。

3.Behiç AK /ベヒチ・アク
作家で漫画家のベヒチ・アクの3作品が刊行された。彼の作品はトルコで根強い人気を誇り、児童向けの作品は、現在はギュンウシュウが版権を持っている。 Yaşasın Ç Harfi Kardeşliği/『Çの友情に乾杯!』、そして新シリーズのトムビッシュ・シリーズの Benim Bir Krışım/『ぼくの手をはかってみたら』、 Bizim Tombiş Taştan Hiç Anlamıyor/『トムビッシュは石のことなんかなにも知らない』の3冊。トムビッシュ・シリーズは出版後すぐに第2版が発行され、ベヒチ・アクの人気をうかがわせる。

Yaşasın Ç Harfi Kardeşliği /『Çの友情に乾杯!』は、トルコ語独自のアルファベット“Ç”(チェー)に振りまわされる少年の物語。8~12歳向け。


©Günışığı Kitaplığı
あっというまに流行が移ろうインターネットの世界で、アリはどうふるまうのか

アリ・ホシュギョル(Ali HOŞGÖRÜ)は小学5年生。新しく発行された身分証明書(筆者注:トルコでは国民に番号が割り振られた身分証明書が配布される)で、名字の最後にミスで“Ç”(チェー)の文字が加えられているのに気づく。父は怒るが、アリはこのまちがいに満足していた。なぜなら、その1文字で、彼は誰にも真似できない人間になれるのだから。そうこうしているうち、アリはインターネットで「ミスターÇ」として有名になってしまう。

トムビッシュ・シリーズは、何にでも興味をもつ少年メモと、その友人で少々変わった考え方をもつ太っちょのトムビッシュの物語。シリーズとして今後も続編が発行される予定である。3~8歳向け。

Benim Bir Krışım /『ぼくの手をはかってみたら』では、人の手の大きさに興味をもったメモ。大人たちの手は大きいのになぜ自分の手は小さいのだろうかと考え、いろいろな人に理由を聞いていく。


©Günışığı Kitaplığı
絵本なので、常にメモといっしょに行動するぶち猫の姿も楽しめる。猫好きのベヒチ・アクならでは

大工の親方、通りすがりのお兄さん、自分の両親、ギタリスト……自分なりに納得したメモは、最後にトムビッシュに会う。

Bizim Tombiş Taştan Hiç Anlamıyor /『トムビッシュは石のことなんかなにも知らない』の舞台は海辺。


©Günışığı Kitaplığı
トムビッシュ・シリーズは、子どもたちの「どうして?」に応えるために書かれた

メモは海岸で丸い小石を見つける。それを見せると、みんながみんな石についてちがうことを説明してくれる。カモメ、ウサギ、カエル、そしてメモのおばあちゃんも。最後に見せたトムビッシュは、また不思議なことを言いだす。

4. Korsan Kızlar /『海賊の娘』
İsmet BERTAN(イスメット・ベルタン)のアナトリア歴史シリーズの新作は『海賊の娘』。ヒッタイト時代から始まったこのシリーズは、オスマン朝時代に入った。中学生以上推奨。


©Günışığı Kitaplığı
当時の「海賊」は、文字どおり海賊でもあり、時として海軍でもあり、さまざまな勢力と手を結ぶ流動的な存在だった

この物語で下敷きとなるのは、オスマン朝時代の航海士にして提督のピーリー・レイス(1965?~1554。世界地図、海洋案内書の著者として知られる)がのこした地図。ちなみに、今年2013年はユネスコが定めた、ピーリー・レイス年である。
舞台は、オスマンの海賊たちが跋扈する地中海。ペルゲ(筆者注:現トルコ領アンタルヤ県に存在した都市。青銅器時代にはすでに存在していたと考えられ、紀元前1200年代には後期ヒッタイト王国と密接な関係にあった)出身の3姉妹アズラ、ラチン、ズィシャンは、さらわれたと思われる父のあとを探して海に出た。そこで、ラバ貸しのセリム、以前は指物師だったギリシャ人のホメロスと共に、セリムの船であるタツノオトシゴ号に乗り込む。最初に立ち寄ったロードス島で、ピーリー・レイス率いるオスマン海軍艦隊と合流し、レイス自身のガレー船に乗ることを許される。3姉妹と友人ふたりは、ロードス島からマムルーク朝のエジプトを経てスペインへと向かうことになる。

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チャイを飲みながらハンデさんと話をしていたら熱が入り、終わったころにはふたりとも汗びっしょりになっていた。ハンデさんは多忙のあまりに、当連載のインタビューへの返事が遅れていることをしきりに謝っておられた。ギュンウシュウの編集者たちへのインタビューはもう少し続くので、次回の更新をお待ちいただきたい。

 
 
 
 



Hande DEMİRTAŞ
(ハンデ・デミルタシュ)
 
1970年、イスタンブル生まれ。大学で、美術品の修復を学ぶ。1995年、ギュンウシュウ出版の創設に関わって以来、同出版社に勤務。さまざまな部署を経て、現在はギュンウシュウ出版の著作全般に責任をもつ副社長として業務にあたっている。会社経営にも携わりつつ、出版される全著作物に目を通し、最終的なチェックを行う役割も担っている。
 

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İrem UŞAR(イレム・ウシャル)
1975年、イスタンブル生まれ。ノートルダム・ド・シオン高校、マルマラ大学ラジオ・テレビ・映画学科を卒業。特派員、編集者を経験し、作家へ転身した。
2008年、最初の作品『シバムギ』を発表する。2010年、国際ペンクラブの招待でベルギー、アントワープ(アントウェルペン)で開かれたワークショップに参加する。そこで最初の児童向け作品『とうだいのひかり』(2011年、ギュンウシュウ)を発表する。また、2011年に発表した『あの子の遊園地家族』では、トルコの児童出版協会の審査員特別賞を受賞した、成長著しい作家。
 
Cemil KAVUKÇU(ジェミル・カヴクチュ)
1951年、エーゲ海地方のブルサ、イーネギョル生まれ。さまざまな雑誌に作品を発表している。1987年、『小路』で、ヤシャル・ナービ文学賞を受賞。1996年、『あの遠い場所へ』で、サイト・ファーイク文学賞を、同年、エッセイ『アンゲラジョマの壁』でセダット・スィマヴィ文学賞を受賞した。
2004年ごろから子ども向けやヤングアダルト向けに作品を発表し始め、『道の入り口で』がギュンウシュウでの最初の作品となる。
 
Gaye BORALIOĞLU(ガイイェ・ボラルオール)
1963年、イスタンブル生まれ。イスタンブル大学文学部で哲学を専攻し、組織的理念とロジックで修士を修める。新聞記者、広告プランナー、脚本家を経て、2001年、短編集『全ては短い物語』を発表。2004年に、最初の小説『未知』を刊行する。2009年の小説、『乱れたリズム』は、出版後すぐにドイツ語とアラビア語に翻訳された。同作は2011年のノートルダム・ド・シオン文学賞の受賞にもつながっている。
現在では新聞のコラムニストとしても活躍中。ギュンウシュウでの最初の作品『心の声』は、彼女にとって最初のヤングアダルト向けの作品でもある。
 
Behiç AK(ベヒチ・アク)
1956年、黒海地方のサムスン生まれ。イスタンブルで建築を学んだ後、1982年からジュムフリイェット紙に漫画を連載。児童書作家、漫画家、劇作家、美術評論家、ドキュメンタリー映画監督の顔をもつ。
児童書のうち『ビルにのぼった雲』『ネコの島』『めがねをかけたドラゴン』などは日本語に翻訳、出版されている。また、過去の作品を新しい装丁でギュンウシュウ出版より発表した。『ベヒチ・アクの笑い話』というタイトルにまとめられた物語は、子どもだけでなく大人の読者からも支持を受けている。30年来の漫画を集めた『ベヒチ・アクのイラスト集』も人気を博している。
大の猫好きで知られ、イスタンブルに暮らす。
 
İsmet BERTAN(イスメット・ベルタン)
1959年エーゲ海地方のアラシェヒル生まれ。エルズルム・アタトゥルク大学トルコ文学科を卒業。教師として勤務した後、TRT(トルコ・ラジオ・テレビ協会)のイズミル支局に勤める。プロデューサー、演出として多くの文化、教育番組を担当。この間に、絵本『カメのトスビー』『小さなトスビー おうちへかえろう』を発表する。この2冊に、トルコの児童書出版協会から2005年の最高賞が送られた。
近年は、歴史ヤングアダルト小説を手がける。古代カッパドキアが舞台の『ゴラット城の囚人』、黒海地方を席巻したといわれるアマゾネスたちを描いた『虎の女王』、ヒッタイト時代を描く『王の伝令』、フリギア王国と古代エジプトで物語が展開する『ミダスと魔術師』、ビザンツ帝国時代の『闘牛士』、最新刊の『海賊の娘』まで、一連の歴史小説を発表している。
家族と共に、イズミルに暮らす。