東日本大震災による大津波で流失した気仙沼のわが家には、たしかどこかの部屋の片隅に偕成社版『シートン動物記』の全集の1冊が顔をのぞかせていたような気がする。私はこの本を、小学校5年生(10歳)の冬に、買ってもらって読んだ覚えがある。
それまでは、放課後に外で忍者ごっこなどをして遊んでいたふつうの少年だったが、この本と出会ってからは、家に早く帰って本を開くのが楽しみになった。たまたま外で遊ぶには寒い、東北の冬の季節であったことも一因ではあるが、ようするに活字の多い「本」との初めての出会いであった。「狼王ロボ」や「旗尾リスの冒険」などが収録されていた全集であったが、次々と読んでいった思い出がある。
家にはトムという名の犬とマリという名の猫とを飼っていたが、特別に動物好きだったわけでもない。むしろ野生動物の描写に魅せられていったと思われる。さらに、それらの動物たちにも社会や家族があり、人間と同様の生から死へいたるドラマがあることに、感服していったような気がする。
長じてから私は「民俗学」と呼ばれるような、フィールドの現場で観察しながら記録をするという仕事に追われることになるが、動物と人間とのちがいがあるとはいえ、その仕事は、シートンをはじめ、少年時代に読んだ多くの探検家に重ねあわせてみて、心躍るような仕事でもあった。
とくに私のフィールドでの相手は、海という自然と関わる漁師さんが多かった。自然のなかで人間を読みこんでいくという姿勢は、おそらく、シートンから学んだことのひとつであろう。
動物のなかに人間と同様の社会や家族があるように、人間のなかにも動物と同様の生と死、食欲や性欲、排せつがある。今、私が目指しているフィールドの記録は、これらを含めた民俗誌である。
●川島秀一(かわしま・しゅういち)
東北大学災害科学国際研究所 人間・社会対応研究部門 災害文化研究分野教授。
それほど夢中になって本を読むということはなかったと思うが、今でも心がうつろなときは、テレビや新聞よりも本である。気にいったところや、大事だと思われるところは赤線を引く。私はだから、フィールド・ノートに書き込む黒色と、本にサイドラインを引く赤色のある、二色ボールペンを愛用している。
■わたしがくりかえし読む本
『雪国の春』
●ここに出てくる本
『少年少女シートン動物記』
(全6巻)
●アーネスト・トンプソン・シートン/作
●白木茂/訳
●偕成社
『雪国の春 柳田国男が歩いた東北』
●柳田国男
●角川ソフィア文庫