子ども時代に読んだ本というと、まっさきに思いだすのは講談社やポプラ社から出ていた世界名作全集です。『巌窟王』『三銃士』『ゼンダ状の虜』『洞窟の女王』といった冒険ものや『小公女』『小公子』『若草物語』『悲劇の王妃』『クララ・シューマン』など、夢中で読みました。むろんダイジェストでしたが、それらの作品がその後の私の人生に与えた影響の大きさにいまさらのように驚きます。小学生時代、庭にござを敷いて筏に見立てて、漂流ごっこをしたり、近くの目黒不動尊で探検ごっこをしたりするのが夏休みの大きな楽しみでした。高校に入ったとき、可愛いお人形をみつけてすぐに思い浮かべたのは『小公女』のセーラでしたし、『若草物語』のジョーはその後ずっとわたしの憧れの女性像となりました。また、『悲劇の王妃』はツヴァイク、『クララ・シューマン』はドイツロマン派の音楽に親しむきっかけになりました。戦後間もなかったこともあり、子どもの本がとても少なかったとはいえ、日本の作品もそれなりにあったのに、ひたすら翻訳ものを読んでいたことを思うと、その後の人生のルーツはやはりここにあったのかと感慨深いですね。
●平野卿子(ひらの・きょうこ)
本を読むのが好きな子どもだったが、読書のいちばんの魅力は主人公になった気分で空想することだった。大学卒業後、ひょんなことからドイツに留学し、帰国後翻訳を始める。『トーニオ・クレーガー』(河出書房新社)、『灼熱』(集英社)など、近年は大人向けのものが中心だが、今年はひさしぶりに絵本『もうなかないよ、クリズラ』(冨山房)を手がけ、あらためて絵本の魅力にはまる。
著書に『肌断食──スキンケア、やめました』(河出書房新社)、『三十一文字で詠むゲーテ』(飛鳥新社)がある。近刊はドイツのベストセラー小説『あたしのカルマの旅』(サンマーク出版)。
■わたしがくりかえし読む本
『トーニオ・クレーガー』
『草の花』
正確に言うと、くりかえし思い出す本。
●ここに出てくる本
『巌窟王』 〈世界名作全集3〉
●デュマ/作
●野村愛正/訳
●梁川剛一/絵
●大日本雄弁会講談社
『トーニオ・クレーガー 他一編』
●トーマス・マン/作
●平野卿子/訳
●河出文庫
『草の花』
●福永武彦/作
●新潮文庫