企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

宮川健郎

手もとにあるのは、1967年に刊行された福音館書店版の『木かげの家の小人たち』だが、最初に出会ったのは、1959年刊行の中央公論社版だった。6年生の1年間だけ在籍した東京・千代田区の神田小学校の図書室で見つけたのだ。
神田小学校は、明治時代に創立された伝統のある学校で、当時の校舎は、関東大震災後、昭和のはじめに建てられたものだった。転校したばかりの私が迷い込んだ図書室も、ずいぶん古びたスペースだったけれど、書棚にならんでいる本の後ろ側に、もう1冊、本がおちていた。手をいれて、取り出してみると、それが『木かげの家の小人たち』だった。

  • ある家の二階に小さな書庫がありました。
  • うす暗い廊下に面しているその部屋の戸は、めったにあいている時がなくて、入ってくる人をよせつけまいとするように、いつもぴしゃりとしまっていました。その家のほかどの部屋よりも、そこは地味でもの静かな一角でした。


最初の章「本の小部屋」の書き出しである。書庫では、イギリス生まれの小人の一家がだれからも見られないようにして暮らしていた。森山家の家族から、毎日、空色のコップ一杯のミルクをもらって。日本が戦争にむかっていく時代のなかで、本の小部屋は、洪水に浮かぶ「箱舟」のような役割をはたす。私は、明治の末に東京の郊外に建てられたという「木かげの家」の本の小部屋に、小学校の図書室のイメージを重ねて読んでいった。そして、「箱舟」によって守られる小人たちは、物語のなかで、わすれてはならない大切なものという象徴的な価値をおびていくのだ。

宮川健郎(みやかわ・たけお)
1955年、東京生まれ。早寝早起きの子ども時代をすごす。早く起きた朝は、ひとりで本を読んでいた。小学4年生の冬の朝、ふとんのなかで『若草物語』を読んだことを思い出す。19歳のとき、子どものころの読書のことを何かことばにしてみたくて、全8回の「児童文学批評・評論教室」(日本児童文学者協会主催)を受講する。その「教室」で、古田足日、鳥越信、安藤美紀夫、砂田弘、菅忠道といった先生たちに出会い、この大人たちがこんなにも心をかたむけている「児童文学」とは、たしかに取り組む意味があるものなのだと思わされる。以後、児童文学批評に志す。著書に『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス、1996年)など。


■わたしがくりかえし読む本
『現代児童文学論』

●ここに出てくる本




『木かげの家の小人たち』
●いぬいとみこ/作
●吉井忠/絵
●中央公論社




『木かげの家の小人たち』
●いぬいとみこ/作
●吉井忠/絵
●福音館書店




「若草物語」
〈『少年少女世界の名作文学 アメリカ編2』所収〉
●オルコット/原作
●新川和江/訳・文
●小学館



『現代児童文学論』
●古田足日
●くろしお出版