企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第5回

──今日のトルコ児童文学における、問題点は何ですか? またその中でも大きな問題とは?

セルピル・ウラル(以下、S・U) 問題がないということは、「すべてが完璧だ」ということですね。残念ながら、トルコ児童文学には問題がたくさんあります。編集者のいない出版社。頭に浮かんだことを、考えなしに、推敲もせず、走り書きのようにして本を書く作者。物語とまったく関係のない、あやまった稚拙な挿し絵。著作権問題。さまざまな問題に直面せざるをえません。
しかし、「大きな問題」となるとすぐに頭に浮かぶのは、児童文学が急進的なイスラーム主義を子どもたちに解説する媒体として利用されるケースが、急増しているということです。イデオロギーとして本の中にイスラームが組みこまれた児童書が、信じられない速さで増えているんです。
もちろん、宗教的な題材というものは、児童文学において一定の位置を占めています。ですが、抽象的な概念をきちんと認識する以前の年齢の子どもたちにとっては、世界を広げ、楽しみをあたえてくれるものではなく、戒律に縛られた、もしくは運命論者へと導く、「洗脳」に近いものでしかありません。
子どもたちの想像力の成長を阻みます。さらには、世界に対する無意味な恐れを植えつけることにもなりかねません。

──解決方法はあるのでしょうか?


S・U もちろん政府の支援が不可欠ですが、国単位でキャンペーンを張り、児童書の出版に関わっているすべての人たちに、子どもたちの成長と教育学についてのワークショップを開催すべきです。少なくとも、出版前の児童書は教育学者や研究者などがチェックして助言をあたえるべきです。また、児童書というものを意識的に研究してきた人物による、作家たちへのワークショップも必要です。

──それでも、児童書には役割がありますね。トルコにおける児童書は、どのように認識されていますか?

S・U 文字を読む習慣の獲得と、物語を楽しむこと。想像力を働かせることを教えてくれるもの。自分の国の文化を知りながらも、外の世界と他の文化を受け入れることを教えてくれるもの。そして、自分に自信のある人格をつくりあげる手助けをするものであってほしいと思いっています。

──トルコ児童文学の未来はどうなるでしょう。また、セルピルさんご自身は、どのようになってほしいとお考えですか?

S・U 私の見るかぎりでは、優れた新しい作家、質の高い出版社、そして出版される児童書の数も増えるのではないかと思います。同時に、今日のトルコの政治事情に鑑みれば、並行してイデオロギー的な出版社も、同じように増えていくでしょう。
また、デジタル化が進む昨今ですから、これに沿ったデジタル、もしくはオンライン出版物(現在の総数は少ないですけれど、もうすでに始まっていますからね)も増加していくことと思います。しかし、私自身は紙媒体が消えていくことは望みません。
そして私の希望は、前にも述べたように、子どもたちの成長を手助けする、質のいい物語や詩などの本が出版されること。そこにはプロの手による美しい挿し絵をつけて、どのような媒体でもいいですから、しっかりと子どもたちの手に届くようにすること。これが最大の希望です。

──子どもたちが本にふれるのに最適な場所のひとつが、日本ですと各自治体の図書館になります。トルコでは、まだ自治体による地区の図書館の運営が非常に少ないですが、今後、政府の方針は変わりそうですか?

S・U 近い将来に、政府がそのような決定をすることはないでしょう。ただ、公共図書館(注:誰でも利用可能だが、利用するのは研究者などが多く、日本の自治体の公共図書館とは異なる)に一部、児童書はおいてあります。

──トルコ国外から、国だけではなくIBBYなどの国際的な組織などから、トルコの児童文学界はどのように見られていますか?

S・U 質の高い出版社、作家、挿し絵画家の数が増えていると、認識していただいているのではないでしょうか。昨年は、国際的なコンクールやブックフェアに参加するトルコ作品が増えました。児童文学界で活動する機構や基金の数も増えてきました。外国で翻訳されるトルコの作品も増えてきていますから。

──ありがとうございます。次回は、これからのトルコ児童文学界を担う作家についておうかがいします。

 
 
 
 



Serpil URAL(セルピル・ウラル)
 
1945年、トルコのイズミル生まれ。イスタンブルのウスキュダル・アメリカン高校、アメリカのブラッドフォード・ジュニア・カレッジ、イスタンブルの公立芸術学院(現在のマルマラ大学芸術学部)を修了。広告会社でコピーライター兼グラフィックデザイナーとして活動する。1978年から児童書に携わり、1980年にはミュンヘン国際児童図書館で長期の研修を受ける。1986年、第5回野間国際絵本原画コンクールで佳作を受賞。トルコ国内でも1997年にルファット・ウルガズ笑い話文学賞、トルコ・イシ銀行児童文学大賞を受賞。IBBY会員。
ウィスコンシン州国際アウトリーチコンソーシアムでの児童文学講演会で2003年の講演演者を務めるなど、国際的にも広く活動している。
 


©Serpil URAL