企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第91回 

ギュンウシュウ出版2026年秋の新刊②

1.Kuantum Adası /量子論の島

人気ミステリー作家ギュナイ・ガフルによる、ギュンウシュウ出版創立30周年を記念した新シリーズ「ミステリアス・アドベンチャーズ」から、「カオス・ゲーム」シリーズの第2作。キャッチコピーは「量子宇宙(注1)では、なにごとも見た目どおりではない!」
 
第1作で主人公たちが挑んだゲームは「カオス理論」を主事としていたが、第2作では「量子物理学」がキーワードとなる。ギュナイ・ガフルはミステリーと科学を融合させ、かつ児童向けの作品に仕上げている。編集部は「ライバル関係が友情へ、恐怖が勇気へと変わる瞬間を描き、見かけと真実の境界を考えさせる作品」と評している。
 
小学校中学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
悪いんだけど、この話は途中から始めさせてもらうね。「どうやってその島へ向かう船に乗りこんだのか?」「どんなことがあったのか?」「どんな手がかりを見つけたのか?」「敵は誰なのか?」の答えは、あとでわかってくるから。今は、この追いつめられた状況について説明します。
 
ぼくは甲板の上にある大きな木箱のかげに隠れていた。船はゆりかごみたいに左右に揺れていた。周りを見回すと、ポイズンと目が合った。ポイズンはたるのかげに隠れたまま、どうしようもなくなっていた。ドラゴンをあいつらから救い出さなきゃいけないんだけど、どうすればいい?
 
ぼくたちはまっくらな海のまんなかにいる。紫色の光を放つ船乗りのランタンが甲板の手すりにつるされていた。夜の闇の中でちらつく明かりは、見えるものをさらに恐ろしい姿にする。人間じゃなくて、暗い海で遊ぶ幽霊みたいだった。
 
相手チームのメンバーが甲板でドラゴンを取り囲んでいる。ドラゴンはうずくまって、デッキブラシの攻撃といじわるな言葉に耐えている。ブラックパンサーズは、その名前のとおり恐ろしく容赦がなかった。
 
ぼくは授業を受けたんだけど、量子論は「無限の可能性が存在し、最も予期しないできごとが起こりうる世界」について説明している。この情報は「量子ゲーム」で役に立つと思ったんだ。たぶんそれでドラゴンを救えるんじゃないか。周りを見回すと、落ちている太いロープが目に入った。片方のはしは帆に結び付けられている。ぼくはそれをポイズンに指差してみせた。ポイズンはぼくの言いたいことを理解して、うなずいた。
 
ぼろぼろで汚れた帆は、マストのてっぺんに巻きついたままだ。それは船の神秘的な見た目にぴったりだったけど、今はもっと重要な役割がある。ドラゴンを救出することだ。予期しない可能性が現実になることもあるんだから。
 
そのとき、巨大な波が船をおそった。ブラックパンサーズのいちばん冷酷なメンバー、ダークネスがバランスを崩して倒れた。これこそ、ぼくが待っていた瞬間。
 
ブラックパンサーズのメンバーがダークネスを引っぱり起こしているあいだに、ぼくはポイズンに合図を送り、飛び出した。ポイズンも隠れ場所から走り出した。ぼくたちは同時にロープをつかみ、思い切り引っぱった。帆がマストからはずれて勢いよく落ちてきたとき、ぼくは叫んだ。
 
「走れ、ドラゴン! 思いっきり走れ!」
 
計画は単純だった。巨大な帆がパンサーズの上に落ちるようにしておいて、ドラゴンは逃げ切る。でも帆は下に落ちなかった。マストのフックに引っかかって、空中で揺れはじめた。しかも、ドラゴンも逃げられなかった。パンサーズ最強といわれるクローが、ドラゴンの首根っこをつかんだからだ。想定外だ。そう、ぼくたちはつかまったんだ。
 
量子ゲームに出発する前日、主催のトリックスター氏はぼくたち全員を集めて演説をした。「君たちの仕事を楽にするために、船に6つの手がかりを隠しておいた。ゲームに勝ちたければ、島に到着する前にこれらの手がかりを見つけなければならない」
 
ぼくたちは4つの手がかりを見つけることができた。あと2つはまだどこかに隠されている。心配しないで、その4つをどうやって見つけたかは、あとでわかるから。でも、今はそれについて話したり、まだ見つけていない手がかりについて考えたりする時間はないんだ。ぼくたちはブラックパンサーズの手に落ちてしまった。助かるには奇跡が必要だ。
 
前作でカオス・ゲームの勝者になった「名もなき幽霊クラブ」の6人、プロフェッサー、セイレーン、ポイズン、ホットソース、ドラゴン、オウルは、謎の船に乗り込み、量子ゲームに参加することになった。船内で手がかりを探す彼らは、冷酷なライバルチーム「ブラックパンサーズ」と相対する。激しい嵐のあと、両ライバルチームは無人島に漂着し、予期せぬ危険に直面する。見かけとは全く異なるこの島で真の敵が明らかになる。
 

注1:スティーブン・ホーキングの研究から形作られた分野「量子宇宙論」で語られる、量子力学によって説明される宇宙。量子宇宙論とは、様々な物理現象における物理量の最小単位・量子を扱う「量子力学」と、宇宙や重力を扱う「一般相対性理論」を組み合わせて、宇宙の始まりや構造を解き明かそうとする研究分野である。宇宙のはじまりには「境界(限界の壁)」がなかったと考える。

作家プロフィール


Günay Gafur
(ギュナイ・ガフル)
1978年アンカラ生まれ。アンカラ大学化学工学科卒業。2011年、最初のミステリー小説『パペッティア』を、続いて『神託』(2015)を発表。トルコミステリー作家協会の創設メンバーであり、同協会の短編集『血濡れ』(2018)に短編「死の宣言」を寄稿した。ミステリーのジャンルで様々なメディアで作品を発表している。詩的な表現が評価された『裁判官』(2019)を経て、2024年に出版された『父』は同年、トルコミステリー作家協会主催のクリスタル・ハンドカフス・ミステリー小説賞を受賞した。2026年には最新のミステリー『エンパス』が刊行されている。
初の児童向け作品『バタフライエフェクト』(2026)は、ギュンウシュウ出版のミステリアス・アドベンチャーズ・シリーズに属する「カオス・ゲーム」シリーズの第1作である。同年第2作として『量子論の島』が発表された。
アンカラ在住で、娘と息子がひとりずついる。
 
  
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。 
 
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)