企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第33回
 

 
1.Babam Şimdi Çok Uzaklarda /『父さんは今、ずっと遠くにいる』
ネジャティ・ギュンギョルの短編集。父親と子どもたちの関係をテーマにした10編が収められている。ネジャティ・ギュンギョルは、先生と生徒、母親と子どもたち、人と動物の関係をテーマに作品を発表してきた。一連の短編集の4冊目となる。

 
 
小学校中学年以上推奨。

 
 
 

© Günışığı Kitaplığı

 
 
 
第一話は「君たちはバスを待っている」。主人公とその妻を「君、君たち」と呼ぶ第三者(天の声)が物語を進行する。

 
 
都会の中心からバスで40分ほどの村に住む、教師の夫婦。週末になるとバスに乗り、中心部に出て、買い物や食事を楽しむ。この日も同じように過ごしたあと、中心地から村へ戻るバスを待っていた。そのうち雨が降り出したので、ふたりは雨宿りと食事を兼ねて一軒のキョフテ(注1)屋へ入った。

 
 
料理を食べていると、靴みがきの少年が「靴みがき、どうですか」とテーブルまでやってきた。彼らが教えている生徒たちと、同じ年ごろに見える。少し汚れた手をした、やせて色の浅黒い少年だ。主人公は、不快感を示し、「いま、食事をしている最中なんだよ」と遠回しに断る。しかし少年はあきらめない。今度は妻が、「食事を終えて時間があればお願いするわ」とやはり遠回しに断る。少年は、半ばあきらめたようすで、「あっちで待ってます」と言い、彼には大きすぎる靴みがきの箱を持ってすみに引っこんだ。
  
 
主人公は食事をしながら少年をチラチラと見やった。あきらめたようすに、彼が屈しなければならなかったこの状況を考えた。「おいで」と少年に声をかけた。「お腹は空いているかい?」
 
  
少年のようすから、ふたりは少年の腹が空いていることを確信した。もう一皿キョフテを頼んでやる。

 
 
主人公が質問すると、少年は1カ月前から靴みがきの仕事をしているという。「その前の仕事は?」と聞くと、「おれ、学校に行っているんです」と言う。「じゃあ、学校にも行って、靴みがきもしているのかい?」そう聞くと、少年は首をうなだれて「そうです」と言った。
 
 
彼は、少年の父親のことが気にかかった。「きみ、お父さんは、いないのかい?」「います」「じゃあ、お父さんは働いていないのかな? お給料をもらってこないのかな?」「父さん、病気なんです! 家で寝てて。元気な時は、このへんで靴みがきやってました。いまは、父さんの代わりにおれが、靴みがきしてます」

 
 
主人公は、言葉を発するのが怖い、というように黙り、少年の顔を見た。

 
 
各短編に出てくる父親と子どもたちは、互いに信頼と愛情をもってつながっている。児童書ではあるが、一般小説としても読みごたえがあるのは、作者の精錬されたトルコ語ゆえであると編集部は評している。

 
 
10編は以下のとおり。「君たちは、バスを待っている」「本当に、ぼくの父さん」「空想の中の英雄」「セキセイインコ」「父さんは今、ずっと遠くにいる」「父さんとおじいちゃん」「母さんのノート」「星降る夜のハーモニカ」「エスメラルダ」「本を読む」
 
 
 
2.DENEK E.E.E. /『実験台E.E.E.』

「小さな魔女シェロクス」シリーズで人気のアスル・デルの作品。AIをテーマに、子どもたちが社会と交わることの重要性、必要以上に過保護な家族など、今日、世界各国で見られる現代的な問題を織りこんでいる。近未来的なロボット工学と同時に、ロボットを扱う人間に対して問われる良心の問題などについて、子どもたちがどう考えるのか、という切り口もある。

 
 
小学校中学年以上推奨。

 
 

 © Günışığı Kitaplığı

 
 
エキムの家庭内での教育は、両親によって幼いころから始められた。9歳のときにはマグマプレートについて知っていたほど覚えがよく、そのスピードは年々増していった。おじいちゃんとは、よく電話で話をした。その知識の豊富さに、おじいちゃんは「よく知っているなあ」と言い、エキムにあだなをつけた。E.E.E.と。「家で(Evde)勉強した(Eğitilen)エキム(Ekim)」の頭文字をとったものだった。

 
 
エキムは勉強もできたが、空想することも好きだった。例えば、木のてっぺんにのぼって、見たことがないくらい大きなフクロウと友だちになり、森の一番深いところまでいっしょに飛んでいく。森に住む動物たち。森の木々とも友だちになる。

 
 
エキムが13歳になるころ、一家は、何年か暮らした海外から帰ってきた。ある日、両親と並んで座り、やはり空想をしていたときだった。気がつくと母さんがこう言っていた。「どう思う? ほかの人たちといっしょに、あなたもこの実験の一部をになうのは、どうかしら?」。母さんの声は、ひどく猫なで声だ。「お父さんと私は、あなたにとってまたとないチャンスになると考えているわ」

 
 
空想の世界に入りこんでいたエキムは、母さんがなんの実験について話しているのか全然わからなかったが、「どんな実験?」などとは聞かないと決めていた。母さんの話を聞いていなかった、となったら、ニコニコ顔の母さんが一変するからだ。ただ、変な感じはした。あだなのせいで、自分が実験サンプルになったような気がしたのだ。「実験台E E.E.」

 
 
その実験で、エキムは「ヤズ」と名づけられたロボットと出会う。実験の内容は「社会的相互作用」とその能力を夢から観察するというものだった。

 
 
AIという現代的で現実的な題材を扱いながら、夢と現実のあいだを行き来するような、哲学的かつファンタジーの空気をもった作品だと編集部は評している。
 
 
 
 
注1:中東の各国で食べられる、ひき肉にスパイスなどを混ぜ合わせ、形を整えて焼いたり煮たりした料理。トルコのキョフテは非常に種類が多い。写真は、イスタンブルの有名なキョフテ屋スルタナフメット・キョフテジシの一皿。

 
 

© ikuko suzuki

 
 

 
 
 
執筆者プロフィール
 


 Necati Güngör
(ネジャティ・ギュンギョル)
1949年、マラティア生まれ。イスタンブル大学法学部在学中に最初の作品『道の始まりで』(1973)が刊行された。1979年にトルコ言語協会賞、1990年にオメル・セイフェッティン文学賞を受賞した。また、ルポルタージュの分野でも、トルコ・ジョッキー・クラブ賞(1990)などを受賞している。『善人は若くして死ぬ』(1998)で、翌年のユヌス・ナーディ文学賞を受賞した。イスタンブルのノスタルジーを集めた『ある地方人のイスタンブル ノスタルジー』(1990)も発表された。ほか作品は『おとぎ話の鳥』(1992)、『動物たちの神秘に満ちた世界』(2010)など。
 
ギュンウシュウ出版では、2009年、架け橋文庫に『静かな英雄』(2009)を発表した。続いて『母さんに家を買おう』(2011)、『すてきな先生』(2015)を発表した。人間のつながりと行動を、子どもの目から見た『お話を書いて、みんなのことを』(2017)も人気作品になった。

 
イスタンブルに暮らす。
 

Aslı Der
(アスル・デル)
1975年、イスタンブル生まれ。ガラタサライ高校を卒業後、ボアズィチ大学哲学科を修了。英語とフランス語の翻訳者として、映画の翻訳を手がけた。

 
子ども向け作品にも、哲学的な深さを持たせなくてはならないと考えるアスル・デルの最初の作品『小さな魔女シェロクス』、二作目の『小さな魔女シェロクス二度目の冒険 大きなわな』は、児童・ヤングアダルト図書協会(ÇGYD)から、2007年の児童書の最高賞に選ばれた。また同作品は、2010年のIBBYのオナーリストに掲載された。
その後、シェロクスシリーズは三作目の『やすらぎの部屋』(2014)で完結した。また、『消えた夢見人』『デフネを待ちながら』『どうしたらいいの』など、ヤングアダルト作品も手がけている。
夫、ふたりの子どもとともにイスタンブルに暮らす。
 
 
 
 

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Hande DEMİRTAŞ
(ハンデ・デミルタシュ)
 
1970年、イスタンブル生まれ。大学で、美術品の修復を学ぶ。1995年、ギュンウシュウ出版の創設に関わって以来、同出版社に勤務。さまざまな部署を経て、現在はギュンウシュウ出版の著作全般に責任をもつ副社長として業務にあたっている。会社経営にも携わりつつ、出版される全著作物に目を通し、最終的なチェックを行う役割も担っている。