企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第2回

──ギュンウシュウから出版される作品の最終チェックをされる、というハンデさんですが、作品を選ぶ際の基準は何ですか?

私たちは、現代児童文学とヤングアダルト文学を出版して17年の専門出版社です。(1)現代の子どもたち、若者たちの考えや感情を映しだしていること、(2)彼らの世界を広げてくれること、(3)人と人のつながりのヒントを与えてくれること──これらを基準に作品を選んでいます。作品の文学性が高いことが大前提になるのはもちろんです。でも、それだけではなくて、「本というものは、読む人に喜びを与えてくれるものだ」ということを常に念頭においています。「若い読者たちに、心から楽しめる文学性の高い作品を」と意識しながら作業をしているのです。

──トルコという国の特徴を活かしつつ、世界にも通用する作品を発表できる作家はいますか?

そうですね、世界的に通用する作品を発表している作家陣を紹介させていただきます。
まず、歴史小説のイスメット・ベルタン。その時代、土地で暮らしていた子どもたち、若者たちの息吹を伝えてくれます。とくに、アナトリアを彩った数々の文明を描いた一連のシリーズは、すばらしいですよ。
それから、児童書、ヤングアダルトの代表的作家、ゼイネップ・ジェマリ。彼女の作品は、淡々と飾り気のない文章で、人間の心の動きというものを非常に深く描き出しています。『はちみつクッキー・カフェテリア』『おかしな父さん』『ローラースケート・ガール』など、子どもたちの日常に起こる大小の問題や事件をていねいに描写しています。視野も広く、ヒューマニストの立場から、「人」に近づくジェマリは、トルコの児童文学、ヤングアダルト文学において特別の存在ですね。
しかし、私たちはあまりに早く彼女を失いました。児童文学の頂点にいる正にそのときの死でした。ジェマリの名を遺すために、 ギュンウシュウでは「ゼイネップ・ジェマリ文学賞」を設置し、小学生たちから作品を募集しています。


©Günışığı Kitaplığı
『はちみつクッキー・カフェテリア』
人気作品で、2012年には第18版を数える


©Günışığı Kitaplığı
『ローラースケート・ガール』
こちらも人気作品。2012年で20版となった

人気漫画家であり作家でもあるベヒチ・アクは、現代トルコの社会的な問題を物語にしてしまう名手です。それに、楽しい挿絵をつけた「笑顔になる物語」のシリーズのいくつかは、日本でも出版されたはずです。このシリーズが、ギュンウシュウから新装版で再発行されました。『高層ビルになった雲』『血圧の高いプラタナス』『太っちょの本』など、少しの哲学と普遍的なテーマがユーモアたっぷりの挿絵と一緒になりました。


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『ベヒチ・アクのイラスト集』
彼の作品は大人にも人気が高い


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『血圧の高いプラタナス』
ベヒチ・アク独特の細かな世界が楽しめる


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『過去行き階段』
ベヒチ・アクは、絵本だけではなく児童向け物語も書いている

ファンタジーなら、アスル・デル。ミステリーと冒険ものならイェシミン・サイグン・アルムタクとセヴギ・サイグ。現代の若者たちの葛藤と成長、社会との関わりなどを力強く描くミネ・ソイサル、スザン・ゲリドンメズ、トルガ・ギュミュシャイ。
ほかにもたくさんいますが、力のある作家陣について簡単にお話しさせていただきました。

──いまお話にあった作家のなかから、イスメット・ベルタンの歴史小説についてもう少し詳しくお願いします

イスメット・ベルタンの歴史小説は、古代アナトリアを彩った数々の文明を舞台にしたものです。古代のカッパドキアが舞台の『ゴラット城の囚人』、女性戦士軍団アマゾネスの戦いを描いた『虎の女王』、ヒッタイト王朝の物語の『王の伝令』、そしてフリギア王国(筆者注:ギリシャ神話にも頻繁に登場する紀元前8世紀ごろの王国)と古代エジプトに渡る『ミダス王と魔術師』などが主な作品です。
最新作の『闘牛士』(筆者注:牛同士を戦わせる牛使いのこと)は、1200年前のアナトリアが舞台。ビザンツ帝国時代から、セルジューク朝(筆者注:11から12世紀、イラン、イラク、トゥルクメニスタンを中心にアナトリアに栄えたイスラム王朝)の時代にかけての実際の歴史を元に書かれています。2013年内に、彼のアナトリアシリーズの6作目を出版する計画です。


©Günışığı Kitaplığı
『王の伝令』
ヒッタイト国王の伝令になることを夢見る少年の成長物語


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『ミダス王と魔術師』
触るものすべてを黄金に変える有名なミダス王の伝説をモチーフにしている

──ファンタジーを得意とするアスル・デルの作品について、お話しいただけますか?

アスル・デル自身が哲学を学んできた作家ですので、作品は自然と哲学的に深いものを含むことになります。最初の作品『小さな魔女シェロクス』は、「世界とは、見たとおりなのか否か」を問う作品です。この第2作『大きな罠』は、若い読者たちに、ことばと人間の関係に関する疑問を投げかけ、2007年の最優秀児童文学に選ばれました。アスル・デルはダイナミックに物語を展開させ、ことばが奪われていくことで生まれてくる危険性を、現実主義の目線でファンタジーに仕立てました。
もうひとつの作品『危険地帯へ~三本の道』では、善と悪という概念の狭間で子どもたちが旅に出ます。どの作品でも、子どもたちは純粋にファンタジーを楽しむことができます。そして気づかないうちにファンタジーを介して、深く考えることになるのです。


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『小さな魔女シェロクスの第二の冒険 大きな罠』
第1作も人気作品で、12版を重ねた

──冒険小説とミステリーは子どもたちにとってどんな存在なのでしょう。先に名前のあがったふたりの作家の作品も絡めてお話しください

イェシミン・サイグン・アルムタクは、日常のなかからミステリーと冒険を紡ぎだします。ふつうの毎日から生まれた物語がいつのまにか大冒険に変わっているのです。『幽霊湖の子どもたち』と『梟の誓い』は、構成もたいへん優れていて、読み進むほどに引き込まれていきます。心理学的な側面もあるイェシミン・サイグンの冒険小説ですが、「愛情や団結などによって友情が結ばれ、それが強い力になる」というメッセージも含んでいます。


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『梟の誓い』
小さな村の灯台に隠された謎を、ふたりの仲間が解き明かす

シナリオライターでもあるセヴギ・サイグの「メモの冒険シリーズ」は、『消えた父さん』『おじさんの秘密』、そしてこの5月に出版される『隠された日々』で完結をします。非常に人気のあるシリーズで、主人公のメモが、手に入れた秘密の日記のページをめくり、謎に挑んでいきます。このシリーズはたしかにミステリーなのですが、一方で、若者へと成長しつつある少年の日常、彼をとりまく社会、母との関係などの日常にも焦点を当てています。セヴギ・サイグのメモ・シリーズは、文学性も高く非常にしっかりとした文章構成で読みごたえがあります。


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『隠された日々』
主人公のメモが家族の秘密を追い掛ける最終章

──「キョップル (筆者注:トルコ語で“橋”の意味) 」と呼ばれる名作シリーズがありますが、こちらにはどのような作家の作品が選ばれているのですか?

「キョップル」シリーズの目的は、現代文学と若い読者の間に「橋を架ける」ことです。このシリーズでは、現代トルコ文学の文豪たちの以前に出版された作品、現在も活躍中の作家が新たに書き下ろした作品を紹介しています。
現代トルコ作家のなかでも、社会問題に敏感なミュゲ・イプリッキチがこのシリーズのために書き下ろした『目撃者は嘘をついた』は、すばらしい文章で、有罪を宣告された子どもたちの厳しい人生を描いたもの。ベフチェット・チェリッキが、ヤングアダルト向けに書いた『教室の新入り』は、青春時代の傷つきやすい心を繊細に表現します。トゥルガイ・フィシェッキチの『緑の休日』、アズラ・エルハトの『トロイの物語』、アイハン・ボズフラットの『独り、道の上』、カディル・オズトプチュの『サクルキョイの鳥師』などの名作と呼ばれる作品がそろっていますよ。


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『目撃者は嘘をついた』
2010年の年間最優秀児童文学に選ばれた


©Günışığı Kitaplığı
『教室の新入り』
2011年、ハルドゥン・タネル文学賞を受賞している

──どうもありがとうございました

これを読んだ皆さんに、少しでも興味をもっていただけると嬉しく思います。これからも私たちは、児童書、ヤングアダルトの専門家として、文学性の高い作品を幅広く発表していきます。








Hande DEMİRTAŞ
(ハンデ・デミルタシュ)


1970年、イスタンブル生まれ。大学で、美術品の修復を学ぶ。1995年、ギュンウシュウ出版の創設に関わって以来、同出版社に勤務。さまざまな部署を経て、現在はギュンウシュウ出版の著作全般に責任をもつ副社長として業務にあたっている。会社経営にも携わりつつ、出版される全著作物に目を通し、最終的なチェックを行う役割も担っている。



ブックフェアでのハンデ・デミルタシュ氏。手にしているのは、前回ミネ・ソイサル氏が紹介した『アンカラの秘密』©鈴木郁子

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Mine SOYSAL(ミネ・ソイサル)
ギュンウシュウ出版の編集責任者。1959年イスタンブル生まれ。1981年、イスタンブル大学文学部古代近東言語文化学科を卒業。1994年からイスタンブル考古学博物館で研究員として勤務、展示会の企画、発掘に携わる。1996年、ギュンウシュウ出版を創立。数々の重要な児童文学作品の編集者として活動を続けてきた。『イスタンブルの物語』(2003)、『道を探しなさい、子どもたち』(2005)などを発表。
一方で、多くの児童、学生たちとソーシャルネットワークでつながり、対談プログラムを実現させている。『本なんて!』では、読書の楽しみを小説化した。ヤングアダルト向けの『9月の恋』、最新作の『独りの部屋』では、現代トルコの若者たちが抱えるものを、等身大で描き出している。
夫とともにイスタンブルで暮らす。


Zeynep CEMALİ(ゼイネップ・ジェマリ)
1950年イスタンブル生まれ。1999年にギュンウシュウ出版から刊行された『私とプラタナス、そして風船菓子』、2000年の『バラ通りのとげ』を皮切りに物語やヤングアダルト小説を発表してきた。『ローラーブレードガール』、イタリア語に翻訳された『はちみつクッキー・カフェテリア』などの小説、『とんでもないパパ』、『物語を渡る猫』など、物語でも才能を発揮。あらゆる年代の子どもたちに向けた作品がある。
2009年11月、イスタンブルで死去。最後の作品となった『アンカラの秘密』は、2010年に刊行された。この作品は翌2011年のトゥルカン・サイラン賞の芸術賞を受賞した。また、同年、子どもたちの物語コンクール、ゼイネップ・ジェマリ文学賞が始まる。また、トルコ国内で唯一の、児童文学、ヤングアダルト文学専門の講演会「ゼイネップ・ジェマリ文学記念日」も設定された。
彼女の作品の根幹には、共にアナトリアの各地を旅した父の言葉、「生きることは、学ぶことだ」があるとされる。


İsmet BERTAN(イスメット・ベルタン)
1959年、トルコ共和国エーゲ海地方のアラシェヒル生まれ。エルズルム・アタトゥルク大学トルコ文学科を卒業。教師として勤務した後、TRT(トルコ・ラジオ・テレビ協会)のイズミル支局に勤める。プロデューサー、演出として多くの文化、教育番組を担当。この間に、絵本『カメのトスビー』『小さなトスビー おうちへかえろう』を発表する。この二冊に、トルコの児童書出版協会から、2005年の最高賞が送られた。
近年は、歴史ヤングアダルト小説を手がける。古代カッパドキアが舞台の『ゴラット城の囚人』、黒海地方を席巻したと言われるアマゾネスたちを描いた『虎の女王』、ヒッタイト時代を描く『王の伝令』、フリギア王国と古代エジプトで物語が展開する『ミダスと魔術師』、そして最新刊の『闘牛士』まで、一連の歴史小説を発表している。
 家族と共に、イズミルに暮らす。


Behiç AK(ベヒチ・アク)
1956年、トルコ共和国黒海地方のサムスン生まれ。イスタンブルで建築を学んだ後、1982年からジュムフリイェット紙に漫画を連載。児童書作家、漫画家、劇作家、美術評論家、ドキュメンタリー映画監督の顔を持つ。
児童書のうち『ビルにのぼった雲』『ネコの島』『めがねをかけたドラゴン』などは日本語に翻訳、出版されている。また、過去の作品を新しい装丁でギュンウシュウ出版より発表した。『ベヒチ・アクの笑い話』というタイトルにまとめられた物語は、子どもだけでなく大人の読者からも支持を受けている。30年来の漫画を集めた『ベヒチ・アクのイラスト集』も人気を博している。
大の猫好きで知られ、イスタンブルに暮らす。


Aslı DER(アスル・デル)
1975年イスタンブル生まれ。名門ガラタサライ高校、ボアジチ大学哲学科を卒業。英語、フランス語からの翻訳に携わる。
最初の作品は『小さな魔女シェロクス』。第二作は同じくファンタジーの『危険地帯へ~三本の道』。シェロクスシリーズの第二弾『小さな魔女シェロクスと大きな罠』で、2007年にトルコの児童書出版協会の最優秀物語賞を受賞した。同作品で、2010年IBBYの名誉会員に選ばれる。最新作は『消えた夢見人』。
 家族と共にイスタンブルに暮らす。


Müge İPLİKÇİ(ミュゲ・イプリッキチ)
1966年イスタンブル生まれ。イスタンブル大学英文学科を卒業。同大学の女性問題研究所に所属し、アメリカ・オハイオ大学の専門講義を受ける。女性問題を扱った小説を多く発表し、2010年にギュンウシュウ出版の、ヤングアダルト向け「架け橋」文庫から刊行された『目撃者は嘘をついた』が、最初の若年層向けの作品となる。
最初の児童書『飛んだ火曜日』に続いて発表された『とんでもない大航海』は、2009年に古代の技術を使って復元されたガレー船・キベレ号の実際の航海からヒントを得て書かれた。
新聞記者である夫と息子とともに、イスタンブルに暮らす。