小学生のころは“欲しがりません勝つまでは”の日常だったから、今のように何でもありの本屋さんや図書館は知らなかった。父の仕事で終戦の2年足らず前から韓国の大邱(テグ)という所にいたので、学童疎開も東京大空襲も経験せずにすんだものの、引き揚げという過酷な時間を過ごした。
焼野原の東京に帰って中学生になり、何事もなかったような楽しい生活のなかで世界名作を読み漁り、高校生になってシェイクスピアに捉まってしまう。小型で水色のハードカバーの坪内逍遙訳が大好きだった。自分流に脚色してクラスで次々と演じた。「真夏の夜の夢」「ベニスの商人」などおもしろくてたまらなかった。果ては、ロスタンの「シラノ・ド・ベルジュラック」。これも辰野隆訳のあの名調子にあこがれて上演した。もしかすると、中学の初めに観た前進座のシェイクスピアや真山美保の「泥かぶら」などの影響だったかもしれない。
大学の演劇部時代は、文学座や俳優座の芝居を観ては戯曲を読んだ。くり返し読むセリフは、文字が音になり、心と肉体をともなった言葉になってゆく。そしてト書きがイメージを広げ立体化するのが驚きだった。卒業して放送の仕事のなかで次第にこどもと向き合う方向に進み、たくさんの有能な作家と出会う。とくに絵本の世界には内外を問わず、大人にとってもすばらしい作品が多い。
レオ・レオーニの『あおくんときいろちゃん』。国際的なデザイナーとしても有名な作家らしく、顔も手足もない、色と形とその大きさだけで、2人の子どもと愛する家族たちを描き、1人が迷子になった不安を越えて、ようやく見つけ合った時、「もう うれしくて うれしくて」とハグし合ってみどり色になるというだけの内容だが、私には人生の原点のようなものがここにはあると思えた。3人の子どもを経て、今は孫たちの大切な絵本のひとつになっている。
●小森美巳(こもり・みみ)
日本女子大学文学部卒業。NHKプロデューサーとして15年、TV「おかあさんといっしょ」を試作から担当。退職後、岸田今日子と共に、「円・こどもステージ」を立ち上げ、谷川俊太郎、別役実、阪田寛夫、佐野洋子、きむらゆういちの舞台作品を演出、現在に至る。
■わたしがくりかえし読む本
『ぼくはこうやって詩を書いてきた 谷川俊太郎 詩と人生を語る 1942─2009』谷川俊太郎 山田馨
谷川作品を多く舞台にのせてきたので、詩人への興味はつきない。この本は解説と聞き手の山田さんがすごい。
●ここに出てくる本
『新修シェークスピヤ全集』
(全40巻)
●シェークスピヤ/著
●坪内逍遙/訳
●中央公論社
『仏蘭西近代戯曲集』
〈世界文学全集34〉
●エドモン・ロスタンほか/著
●辰野隆/訳
●新潮社
『あおくんときいろちゃん』
●レオ・レオーニ/作
●藤田圭雄/訳
●至光社
『ぼくはこうやって
詩を書いてきた
谷川俊太郎 詩と人生を語る
1942─2009』
●谷川俊太郎・山田馨
●ナナロク社