企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第79回 

ギュンウシュウ出版2025年秋の新刊②

1.Yapboz Evi  /ジグソーパズル・ハウス

メリス・セナ・ユルマズの人気作品『裏イスタンブル』(注1)の続編。一作目と同じく、探偵の父を持つ少女ゼイネップが主人公である。イスタンブルを舞台に、ジグソーパズルと謎を掛け合わせた探偵小説になっている。
 
小学校中学年以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı

 
パパは言った。多分、20回目くらい。「ゼイネップ、ついてくるのは絶対にだめだ。とても危険なんだよ」
 
「危険てなにが?」私も言い返した。多分20回目くらい。「前にも“カラス人間”は見たことあるもん。それにこんなに暑いんだよ。わたしだって島に行きたい!」
 
パパ、ムラト・ディンギンは探偵で、イスタンブルと裏表になっている裏イスタンブルの治安を守っている。パパは、この町の平和を守るためにはなんでもすると決めているから、娘の私にまで裏イスタンブルに入るためのテストを受けさせた。
 
光るものを集める“カラス人間”の仕業じゃないかと言われている泥棒被害を調べるため、パパはビュユック・アダ(注2)に行く。おばあちゃんのテュテュ――本当の名前はテュルカン、ていうんだけど――も一緒に行く。わたしだけが裏イスタンブルの家でお留守番!
 
おまけに、私を見張るようにとなりのひとに頼んでいった!
 
ジグソーパズル・ヒルミ。
 
そのひとは私たちの隣の家に住んでいる。ときどき、杖を手に帽子をかぶって通りを歩いている姿をみかけて、外があんなに暑いのによく平気だな、と思うくらいしか知らない。ヒルミはとても静かで、威厳のある男のひと。ただ、正直に言っちゃうと、パパもそんなに仲がいいわけじゃない。
 
「彼は、何年もうちのとなりに住んでいて、とても礼儀正しいひとだよ」
 
パパは、スーツケースのふたを閉めながらうなずいた。「悪いことをするのを見たことがない。それほど親しいわけではないけどね。毎晩夕食を作って持ってきてくれるんだぞ。すばらしい紳士だよ!」
 
ジグソーパズル・ヒルミ――わたしは、ヒルミおじさんと呼んでいる――が親切なのは本当。道で私を見つけると「元気?」と声をかけてくれるし、頭をなでてくれる。でも、やりとりはそれだけ。
 
もう大きいし自分のことは自分でできる、と思ったけど、料理をしてくれるだれかがいるのはよかったかも。
 
おばあちゃんは靴をはきながら言った。「わたしたちがいない間、いい子にしてね。ジグソーパズル・ヒルミを怒らせちゃだめよ。ご飯を持ってきてくれたら、必ずていねいにお礼を言うのを忘れないこと」
 
パパはわたしをぎゅっとして、ジグソーパズル・ヒルミにお礼を言うのを忘れないように、ともう一回念を押した。
 
ふたりが出発したあと、わたしはヒルミおじさんにあいさつに行こうと決めた。となりの家の呼び鈴を押す。ベルが鳴って出てきたヒルミおじさんは黒いソフト帽に黒いスーツだった。おじさんに家へ招かれたので、わたしは急いで家の中をちらりと見た。外の夏の日差しと反対に、家は薄暗い、というか暗い。このひとについて自分がなにも知らないことに気がついて興味がわいた。
 
名前が「ジグソーパズル・ヒルミ」なのは、家にパズルがあるから? なんで家でスーツを着るんだろう? だれにも礼儀正しいのにそれ以上によそよそしいのはなんで? なにか理由があってわたしたちを避けているのかな? 暗いリビングルームを見て、わたしはこう考えた。「なにを隠しているんだろう?」
 
家の中に何百ものジグソーパズルを飾るこの物静かな男の体から、パズルのピースが落ちるようになった。ゼイネップと友人のオルクンは捜査を開始し、隣人ヒルミがただ者ではないことを突きとめる。裏イスタンブルにはパズルの中に隠された暗い側面があったらしい。

注1:『裏イスタンブル』紹介ページ
https://solabook.com/clm/c005/c005-51.html
 
注2:イスタンブル沖、マルマラ海に浮かぶ9つの島からなる群島のうちのひとつ。ビュユックはトルコ語で「大きい」アダはトルコ語で「島」の意味で、名前のとおり群島内では最大の面積を持つ。
 
ローマ帝国からビザンツ帝国時代に教会や修道院が多数建てられる一方、貴族階級の流刑地として利用された。ギリシャ系住民が農漁業を営む島だったが、19世紀半ばにイスタンブルとの間に汽船が開通して以降は、別荘地としても開発された。ソ連を追放されたトロツキー(1879~1940)が滞在し、『ロシア革命史』の執筆を行ったことでも知られる。

作家プロフィール


Melis Sena Yılmaz
(メリス・セナ・ユルマズ)
1997年、ブルサ生まれ。イスタンブルのボアズィチ大学経済学部で学士、修士を修める。児童向け演劇の脚本を手がけ、作品はさまざまな場所で上演されている。
学生時代にアルバイトをしていたイスタンブルのカラキョイとシシハーネの両地区から、作品のヒントを得ると語っている。またベイオール地区の小道を歩いているときに思いついた冒険譚を、最初の児童向け作品である『裏イスタンブル』(2022)としてギュンウシュウ出版から発表した。『5月の第3週』(2023)はカユプ・ルフトゥム(注:文学・映画・文学・芸術などのプラットフォーム及びメディア会社)により2023年最優秀トルコ国内向け児童文学に選出された。『バーのとびきりとくべつの本屋』(2024)に続き、『裏イスタンブル』の続編となる『ジグソーパズル・ハウス』を2025年に発表した。
イスタンブルに暮らす。
 
  
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。 
 
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)