ギュンウシュウ出版2021年春の新刊①
2021年春の、ギュンウシュウ出版の新作を紹介する。
トルコも全世界同様にコロナに揺れているが、ギュンウシュウ出版からは、2021年の前半にトルコ人作家の6冊の新刊が発表された。トルコ語圏以外の翻訳作品も積極的に出版している。
ミュレン・ベイカンさんにメールを送ると、「私も、ハンデ・デミルタシュも、なんとか2回のワクチン接種を終えました。編集部は、毎日マスクだけれど、みんな元気ですよ」とのこと。ギュンウシュウ出版と仕事をしている作家、イラストレーターも、「今のところ、みなさんコロナを免れています。日本のみなさんもお気をつけて。元気でいてくださいね」とメッセージをいただいた。
1.Karikatür Kitabı 2 – YAŞASIN ÇOCUKLAR! /『カリカチュア・ブック2 子どもバンザイ!』
作家でイラストレーターのベヒチ・アクによる、カリカチュアとイラスト集の第二弾。世界を子どもの目から見た143作品が収められている。猫好きのベヒチ・アクらしく、あちこちに猫が隠れているので、それを探すのも楽しい。最初のイラストには、大都市へ続く道が描かれ「注意! 都会に子どもあり!」という立て札がある。
小学校中学年以上推奨。
ベヒチ・アクは前書きがわりに、次のような掌編を書いている。
父親でもある男が妻にこう言った。「子どものころは、いろんな楽しい質問がわいてきたものだけど、大人になって、そういうものをなくしてしまったな」と。「まあ、そのほどんどの答えはわからずじまいだったんだけどさ。ぼくらが大人になったから、不思議に思う心を捨ててしまったのかな? それとも、むこうがぼくらを捨てていったのかな? 今ごろは、どこかの大陸間を横断中だろうか、じゃなきゃ、どこかの惑星にでも引っ越したかな? そうでなきゃ、まったく知らない国の会ったこともない子どもたちが、質問に答えているかもしれない……。ガラスのビー玉だって、急に見えなくなった。あれは、色とりどりですごくきれいだったのに。どこに隠れてしまったんだろう? 思えば、ビー玉を全部使って遊んだわけじゃなかったんだ。質問と同じところに隠れたんだと思うかい?」
「そうかもしれない……」と妻は答えた。「じゃあ、あなたにひとつ、ヒントをあげる。この前、おとなりさんが『子どものときになくしたビー玉をずっと探しているけど、見つけられない』って言っていたわ。『それを見つけるまでは子どもでいる』って。あなたがさっき気にしていた、質問の答えはね、とっくに見つかっているのよ。それも、好奇心いっぱいの私たちの子どもが見つけたの。あなたの質問はね、私たちの子の頭の中にある。さらに、ほかの知りたいことも加わってね。私たちは好きなときに、あのころの不思議に会えるのよ。子どもたちが質問してくるのを受け入れさえすればね」
2.İyi Günler Eczanesi /『こんにちは薬局』
ハジェル・クルジュオールが、「イイ・ギュンレル(こんにちは)薬局」という薬局を中心に、とある町の人びとを彩り豊かに描く。トルコ第三の都市、エーゲ海地方のイズミルのとある町で、毎日を楽しく、一生懸命に生きる人びとが登場する明るい作品。
小学校中学年以上推奨。
ハザルの母さんが経営する「こんにちは薬局」と、父さんがやっている同じ名前のカフェはとなり同士で、地区の寄り合い所のようになっている。
その日は、ハザルの誕生日で、「今日はパーティー! パーティー パーティー!」と歌いながら階段を駆け下りたら、一階の薬局で仕事をしていた母さんに怒られた。
「静かにして、ハザル! 仕事中よ!」
ハザルはウサギのように抜き足差し足で歩くことにした。でも、父さんのカフェで開かれる誕生日パーティーは、やっぱり楽しみだ。
母さんは、パソコンが言うことを聞かず、薬の管理をしているシステムにログインできないのでイライラしている。しかも、パソコンに詳しいファーイクおじさんが、仕事をほっぽり出して姿を消してしまったので、それにも文句を言っている。
それでもお客が来ると、母さんは必ず立ち上がって笑顔で出迎える。
最初に来たのは、体の不自由なレベントさんで「こんにちは薬局のみなさん、こんにちは!」と元気に入ってきた。神経痛が痛み、のどにも少し違和感があるため医者に行った帰りで、処方箋を母さんに渡した。
次に来たのは、アスルさんで、今日もくしゃみをしながら店に入ってきた。「アスル、くしゃみがおさまらないのね」と母さんは言った。アスルさんはアレルギーがあるのだ。
化粧クリームを買うひと、薬が効かなかったと文句を言うひと、さまざまな客をハザルの目線でながめる。
作家プロフィール
Behiç Ak
(ベヒチ・アク)
サムスン生まれ。イスタンブルで建築を学ぶ。1982年から、ジュムフリエット紙で、カリカチュア(風刺漫画)を手がけている。児童書、カリカチュア、戯曲、芸術監督などを手がける一方で、映画業界でも活躍する。 最初の児童向け作品『高血圧のプラタナス』は、野間国際絵本原画展の第5回奨励賞を獲得し、ギュンウシュウ出版によって、新たな装丁となったものが2014年、中国語にも翻訳された。絵本作品の『ふしぎなくも』『ネコの島』『めがねをかけたドラゴン』『ぞうのジャンボ』などは日本語に翻訳、出版されている。また、過去の作品を新しい装丁でギュンウシュウ出版より発表した。『ベヒチ・アクの笑い話』というタイトルにまとめられた物語は、子どもだけでなく大人の読者からも支持を受けている。30年来の漫画を集めた『ベヒチ・アクのイラスト集(注:カリカチュア・ブック1)』も人気を博している。 『Çの友情に乾杯!』(2013)は、Çocuk ve Gençlik Yayınları Derneği(児童・ヤングアダルト図書協会)によって、同年の最優秀児童書作品に選ばれた。『Çの友情に乾杯!』に始まる「唯一の子どもたち」シリーズは『6時44分の波』(2020)で9冊目となる。 大の猫好きで知られ、イスタンブルに暮らす。2022年の国際アンデルセン賞のトルコのオナーに選出された。
Hacer Kılcıoğlu
(ハジェル・クルジュオール)
エーゲ海地方マニサのアラシェヒル生まれ。英語教師として勤務した。旅行好きで知られている。自身の子ども時代の思い出を『わたしはむかし子どもだった』(2003)、『ジャーレと語る』(2006)にまとめている。
最初の児童向け作品は『木曜日がとても好き』(2009)。続いて同じ地区で育った3人の芸術家の子ども時代を描いた『イズミルの3人の子ども――セゼン、ハルク、メルテム』(2010)を発表した。また、旅行での体験を反映させた『お月さまはどこにでも』(2012)は、Çocuk ve Gençlik Yayınları Derneği(ÇGYD/児童・ヤングアダルト図書協会)の、「2012年の物語作品」に選ばれた。
2015年の『山は沈黙し、山は語る』で、ヤングアダルト作品にも挑戦した。『ラジオの窓』(2019)に続き、『こんにちは薬局』(2021)が最新作。
イズミルに暮らし、娘と息子がそれぞれひとりずつある。
執筆者プロフィール
鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)