企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第41回
 

1.Günaydın Bendi /『おはようの貯水池』

ミュゲ・イプリッキチが、親子二代にわたる、イスタンブルのベオグラードの森での冒険を描く。挿し絵はフバン・コルマン。
 
小学校中学年以上推奨。
 
  
 

 
© Günışığı Kitaplığı
  

 
 
ネシェは友だちと一緒に、テレビ番組『森の贈りもの』に投稿するための「すてきな話」を見つけようとやっきになっていた。だから「明日は、チーデムおばさんの家には行きたくない」とお母さんに主張した。チーデムおばさんのところのフルシと遊ぶのもあきあきしたし、そんなヒマがあったらおもしろい話を探さなくてはならない。それなのに、どうでもいいような話しか見つかっていないのだ。番組に出られる最後のチャンスなのに。
 
森に関する「すてきな話」を見つけようとしたって、無理なのかもしれない。湧き水を溜める貯水池があり、木々が茂ってすてきな場所であるはずの森は、巨大なゴミ捨て場になってしまったのだから。
 
でもある日、ネシェのお母さんベラックさんは娘に、森と、自分が「おはようの貯水池」と名付けた貯水池と、ある友人について語って聞かせた。その話を聞いたネシェは、何か楽しいことが待っているのでは、と期待する。
 
ベオグラードの森は、イスタンブルのヨーロッパサイド、黒海側の内陸にあるイスタンブル最大の森林。近郊の人たちにはピクニックやバーベキューの場として人気がある。森には湧水があり、ビザンツ帝国時代には、コンスタンチノープルの中心部まで水道橋で水が引かれていた。森の中には、当時の貯水池が残っている。
 
イスタンブル中心地の観光スポット、ヴァレンス水道橋がこの名残であり、有名な地下宮殿までベオグラードの森の水が届けられていた。
 
  
 

©suzuki ikuko
ヴァレンス水道橋。水は写真の右側から流れてきて、地下宮殿へ至る

 
  
 
 
 

2.Yaz Gezgini ile Hapşu Teyze
/『夏の旅人とハプシュおばさん』
 

オメル・アチュクの作品。夏休み、両親と過ごすことができなくなってしまった少女ロザが、キャンピングカーで移動しながら生活しているハプシュおばさんに預けられた。ふたりは、広いアナトリアをかけ回る。
 
小学校中学年以上推奨。
 
 
 


 
© Günışığı Kitaplığı

  
 
 
ロザは、この夏休みをハプシュおばさんのもとで過ごすことになった。父さんと母さんが「お互いが好きではなくなった」ことを認め、「いろいろ話し合う」ことが必要だ、と言い出したからだ。父さんも母さんも、ロザの夏休みをひどいことにしたくないからおばさんに預ける、と言い訳するけれど、ロザはわかっている。「どうせ、もう離婚するって決めてるんでしょ」と心の中で思った。
 
ハプシュおばさんは、「旅する作家」だ。キャンピングカーで各地を移動しながら、作品を書いている。父さんと母さんは、おばさんのところで過ごすのが大変だとかんがえているようだけれど、ロザは反対にすごくわくわくしている。
 
キャンピングカーで眠るのはすてきだった。夜、黒い雲が出てきたと思ったら、朝方には雨が降りはじめた。雨の音で目をさましたロザは、「車の屋根で雨粒がダンスしている!」と思った。こんなに素敵な目覚めはない。ベッドから出るのもまったく苦ではなかった。その夏ロザは、アナトリアの片すみの村の雨乞いの儀式に加わったり、パラシュートで空中に飛びだしたりもする。そして、長い旅のあいだ、ロザの一番近い友だちは、ポケットにそっとしのばせた小さな貝殻だった。
 
都会にいては考えもつかない自然の中で、アナトリアを彩る豊かな文化の中で旅を続けているハプシュおばさんから、ロザは新しい考え方を学び、発見をしていく。ひとりの少女の悩みが、色鮮やかな冒険に変わる様を描く。
 
 

 
 
 
 
作家プロフィール


Müge İplikçi
(ミュゲ・イプリッキチ)
1966年、イスタンブル生まれ。イスタンブル大学英語学及び英文学学科を卒業。今日の女性にテーマを取った作品が各国言語に翻訳されている。1996年、ヤシャル・ナービ・ナユル新人作家大賞を受賞。1997年、ハルドゥン・タネル文学賞で第三位となる。
ギュンウシュウ出版では架け橋文庫の『うそつきの目撃者』(2010)が、ÇGYD(児童・ヤングアダルト図書協会)により、その年の最優秀ヤングアダルト作品に選出された。最初の児童向け作品は、『とんだ火曜日』(2010)。その後、古代船で地中海を航海した実話をもとに、『不思議な大航海』(2012)を発表した。アフリカ難民に焦点を当てた『石炭色の少年』(2014)も人気作品。ほかの児童向け作品に『アイスクリームのお守り』(2016)、NO8文庫に『隠れ子』(2013)、一般向け小説では『特別の名前』(2017)、『頭から消して』(2019)などが発表されている。
 
夫、息子とともにイスタンブルに暮らす。
 
Ömer Açık
(オメル・アチュク)
1980年アダナ生まれ。ハジェッテペ大学初等教育学科を卒業。アダナ、マルディン、イスタンブルで教員として勤務する。「子どもたちといっしょに子どもになること」と、旅を好む。最初の児童向け作品は『三色スミレの咲く駅』(2015)、次いで同年『すてきなぼくの父さん』を発表する。『ジャケットなし組』(2017)、『たしかな人』(2018)も人気作品。
 
妻、娘とともにイスタンブルに暮らす。
 
 
 
 
 
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)

「トルコ文学を学ぼう」と決め、出版関係の仕事を辞め、再び学生になるためにトルコ入りしたのは、2006年4月のこと。日本の大学で学んだのは日本の上代文学で、トルコ文学のことは何も知らなかった。
 
語学学校を経て、トルコはイスタンブルのマルマラ国立大学大学院に合格したのが2008年9月。トルコ学研究所の近・現代トルコ文学室に籍を置き、19世紀末から現代までのトルコ文学を学んできた。トルコ語で書いた修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。帰国後も、近・現代トルコ文学研究、翻訳、通訳、講師など、トルコ語に携わる。児童書を含め、トルコ文学を少しでも日本に紹介しようと動いている。