企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第11回



ギュンウシュウ出版のON8文庫は「オン・セキズ」と読み、「18」の意味。ギュンウシュウ出版が、ヤングアダルトを卒業した若い読者に手にしてもらいたいと考える作品をそろえている。トルコ国外の作品はもちろんだが、トルコ人作家の作品に力を入れている。ハンデさんは、そのなかから2015年の新作を2冊、紹介してくれた。

1 Ben Ayrıkotu/『牧草となる』
『ラタ・シバ』(2013)で独特のファンタジーを生み出したİrem UŞAR(イレム・ウシャル)の作品。作中では名前が明らかにされないひとりの若者が主人公。


© Günışığı Kitaplığı

だれも名前を知らない19歳の主人公がいる。彼はある日、見知らぬ人々に手紙を書こうと思い立った。もちろん、自分の署名はせずに。
ある日は、道で見かけただれかのあとを家までつけていき、書き留めた住所に手紙を送る。
また別の日は、偶然目に入った住所へ手紙を出す。
あるアパルトマンの前を通りかかる。そのアパルトマンの名前が気に入った彼は、並んだ呼び鈴に書かれた名前を眺め、これはと思う名前があれば、その場で封筒に住所と名前を書きつけ郵便局へと走る。
手紙に書かれているのは、彼自身のことである。幼いころに母を亡くしたこと。不幸を背負った父親のこと。彼は自分のことをつづり、それを誰かに呼んでもらうことで、生きる意味を見出している。
彼はただ自分について語りたいだけだが、人と面と向かって話すことをおそれている。声を出して会話をしたくはないし、人々のなかに入っていくのも嫌だ。だから彼は、手紙を選んだ。
その手紙に込められたものは何かを考えるうちに、だれとも知らぬ「彼」から手紙をもらった人々は、自らの人生をも見つめ直すことになる。

2 İnsan Kendine de İyi Gelir/『人とはこれ、良きもの』
インターネット上に作品を発表してきたAhmet BÜKE(アフメット・ビュケ)が、自身が住むイズミルを舞台に描く短編集。 ON8のブログで毎週月曜日に連載されていた「社会的些細なこと辞典」を1冊の本にまとめた。


© Günışığı Kitaplığı

エーゲ海沿いの、人情のあつい色彩豊かな小さな街で起きる、日々の出来事を描く。両親を亡くし、父方の祖父母と暮らす少年を中心に、隣人のハトチャンおばさん、雑貨屋ニハト。そういったふつうのトルコの人々の日常の悲しみ、喜び、毎日の生活がつづられる。「アンカラ・ヤギを愛してはならぬ」「イズミルの火事」「誰にも文句は言わない」など、ブログと書きおろしをふくめて38編が収められている。そのうちの5編には「街の精霊たち」と副題がつけられ、突如現れて町の日常をかきまわす、正体不明の存在たちが描かれている。
アフメット・ビュケのブログが元となった作品は、ヤングアダルト最優秀作品に選ばれた『深い問題』(2013)がある。こちらも人気で、装丁を変えての重版となった。


© Günışığı Kitaplığı

今作、前作ともに、アフメット・ビュケの作品は、自身も暮らすイズミルのエーゲ海沿いが舞台となっている。イズミルをふくめトルコのエーゲ海、地中海沿いに暮らす人たちは、自分たちのことをしばしば「海の子」と呼ぶ。彼らは、イスタンブルっ子たちがボスフォラス海峡に抱く美的郷愁のとはまた別の、生活の基盤としての水辺と海への思いを抱いている。


©ikuko suzuki

この写真はイズミル中心部のものだが、潮風と海沿いの自然というものが彼らにとっては重要であり、その空気を細やかに表現する点もビュケの作品の評価につながっている。

 
 
 
 
  
執筆者プロフィール
 
 



İrem UŞAR
(イレム・ウシャル)
1975年、イスタンブル生まれ。ノートルダム・ド・シオン高校、マルマラ大学ラジオ・テレビ・映画学科を卒業。特派員、編集者を経験し、作家へ転身した。
2008年、最初の作品『シバムギ』を発表する。2010年、国際ペンクラブの招待でベルギー、アントワープ(アントウェルペン)で開かれたワークショップに参加する。そこで最初の児童向け作品『とうだいのひかり』(2011年、ギュンウシュウ)を発表する。また、2011年に発表した『あの子の遊園地家族』では、トルコの児童出版協会の審査員特別賞を受賞した、成長著しい作家。
2015年は、ON8文庫で初めて児童書以外の作品に挑戦した。
 
Ahmet BÜKE
(アフメット・ビュケ)
1970年、トルコエーゲ海地方のマニサ生まれ。1997年、イズミル・ドクズ・エイリュリュ大学の経済行政学部経済学科を卒業。2008年、オウズ・アタイ文学賞、2011年サイト・ファーイク文学賞を受賞した。精力的に作品を発表してきたが、近年その場を雑誌からインターネットに移した。ギュンウシュウ出版での最初の作品となる『深い問題』(2013年)も、ON8文庫のブログに連載されていた『ベドの本棚』を書籍化したもの。自身の発表の場としても、複数のブログをもっている。
2015年9月に発表された第2作『人とはこれ、良きもの』は、インターネットでの人気も後押しをして、同年11月に第2刷が発行となっている。