私は、身体が弱かったのと、ひとりで遊ぶことが多かったので、4歳ごろには文字を覚え、姉たちのお古の本をかたっぱしから読んでいました。
その私が、「物語を身体で楽しむ」という不思議な体験をしたのが、『雪の女王』でした。たしか、小学校3年生でした。姉は高校の児童文学サークルに入っていて、なにやらむずかしそうな小型の本から読んでくれました。1953年ごろなので、岩波文庫の大畑末吉訳だったのではないでしょうか。
姉は、私を含む3人の妹を座らせて読み始めたのですが、じきに聞き手は私だけになっていました。姉妹には退屈だったのでしょう。でも、私にとっては、架空の世界と現実の世界が入り交じった、不思議で魅惑的なお話でした。鏡のかけらがきらきら光りながら世界中に散っていく不気味さや、そのかけらがカイの心臓に刺さった痛みすら感じられました。カイをつれている、白く透き通るように美しい雪の女王が見えはしないかと、凍えるような冬の夕方など、何度、目を凝らしたことでしょう。
姉は数回に分けて読んでくれたのですが、ゲルダが、カイと雪の女王を追って長い旅に出てからは、私はもう夢中でした。毎日毎日、時には授業中にも、ゲルダのことを考えていました。無事にカイを助けることができるだろうか、どうか途中で諦めてしまわないようにと願い続けていたのです。
そのころ自分で読んでいた世界名作童話では、このような経験はありませんでした。「ああそうなのか。こんなことがあったのか」で終わりです。もっと主人公といっしょに物語の世界に入りこみたくて、背伸びして大人向けの文庫本に手を伸ばすようになりました。
●田島多惠子(たじま・たえこ)
北海道の僻村に生まれ、25歳まで僻地で暮らす。父の仕事の関係で転校が多かったので、本がいちばんの友だちでした。
物語を読んで、牛みたいに反芻するのが好きです。
谷中子ども文庫(茨城県取手市)に関わり、子どもたちにお話をしているのは、私のような子がいると信じているからです。
■わたしがくりかえし読む本
『長い冬』です。最近は老眼が進み、新しい本を読むので精一杯です。
●ここに出てくる本
「雪の女王」
〈『アンデルセン童話集3』所収〉
●ハンス・クリスチャン・アンンデルセン/作
●大畑末吉/訳
●岩波少年文庫
『長い冬』
〈ローラ物語1〉
●ローラ・インガルス・ワイルダー/作
●谷口由美子/訳
●岩波少年文庫