企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

こだまともこ

わたしが子どもだったのは、戦争が終わって間もないころだったから、今の子どもたちのように多くの本に囲まれていたわけではない。それでも、本作りに携わる大人たちが、今こそ子どもたちにこういう本を読ませたいと、熱意に燃えていた時代だったと思う。研究者ではないので詳しいことは分からないが、日本の新しい創作児童文学が出てくる前の児童書は、翻訳ものがけっこう多かったような気がする。これも困難な時代を生きぬいてきた子どもたちに「とりあえず」素晴らしい作品を手渡したいという気持ちの表れだったのかもしれない。
「じいさんばあさん」というドーデーの名作も、子どもにも読める短編の翻訳を集めた本の中にあった。せいぜい小学校の2、3年であったから作者の名前もプロヴァンス地方のことも知らなかったが、読み進むにつれて、なんともいえない暖かく、まぶしい光に包まれていくような気がして、何度も読みかえした。「わたし」が友人に頼まれて、修道院に暮らす彼の祖父母を訪ねていった昼下がりを描いただけの話だが、バラ色のほおをした「じいさんばあさん」、「聖者イレネーの伝記」をたどたどしく読んでいる少女、ドアの隙間から差し込む日光、籠の中のカナリア……細部にいたるまで、いまでもはっきりと覚えている。
当時の子ども向けの翻訳作品はダイジェストが多かったのだが、大人になって岩波文庫の『風車小屋だより』を読んだときに、わたしが大好きだった「じいさんばあさん」の訳者は、やさしい言葉であっても「お子さま向け」ではなく、きっちりと訳してくれていたのを知って感動した。起伏のある話でもないのに、なぜこんなに魅かれるのだろうと幼心に思ったものだが、生まれてはじめて文学の香気にふれたひとときだったのかもしれない。もう本が手元にないので、訳者の名前を知ることもできないのが残念。

●こだまともこ
虫と草花と活字が大好きな子どもだったが、めったに口をきかないので、近所では口のきけない子だと思われていた。大学を卒業し雑誌社に勤めていたころ「こだま児童文学会」の同人になり、児童文学作家を志したが挫折。以後はもっぱら子どもの本の翻訳をしている。主な訳書に〈ダイドーの冒険〉シリーズ(冨山房)、〈メニム一家の物語〉シリーズ(講談社)、『レモネードを作ろう』(徳間書店)、『アル・カポネによろしく』(あすなろ書房)などがある。30年以上前に作った『3じのおちゃにきてください』と『まいごのまめのつる』(ともに福音館書店)が、2011年に復刊された。


■わたしがくりかえし読む本
『柳宗民の雑草ノオト』

●ここに出てくる本




『風車小屋だより』
●アルフォンス・ドーデー/作
桜田 佐 /訳
●岩波文庫(岩波文庫には「老人」というタイトルで収録されている)
※「じいさんばあさん」が収録されている、1950年代くらいに出ていた子ども向け短編翻訳作品のアンソロジーにお心当たりがあれば、ぜひご一報をお願いします。




『柳宗民の雑草ノオト』
●柳宗民/作
●三品隆司/画
●毎日新聞社