企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第3回
 

 
 

  • 「飲みものも、たべものも一本の木に生っているのかい。おまけにどっちもたゞなんだ。こゝは天国だぞ!」  
(『無人島の三少年』、30頁)

 
 
19世紀半ばごろから、子ども向けのロビンソン変形譚には「南洋ブーム」がまきおこりました。青い空と白い砂浜、澄みきった海をおよぐ色とりどりの魚、熱帯植物がおいしげる森とそこでさえずる鮮やかな羽根の鳥たち……そんな「地上の楽園」に漂着した若者たちが、エキゾティックな自然のなかでおもしろおかしく孤島暮らしを楽しみ、最後は大きな成果を手にして帰国する、というパターンの物語がつぎつぎと出版されたのです。ロバート・マイケル・バランタインが1857年に発表した『無人島の三少年』(原題『さんご島』)は、その代表格ともいうべき物語です。日本でも、昭和20年代から40年代にかけて、少なくとも8種類の翻訳や翻案が出版されています。
 
物語の主人公は、18歳のジャック、15歳のラルフ、13歳のピーターキンという少年たち。見習い水夫として乗り組んでいた船が南太平洋上で難破し、ほぼ身一つの状態で無人島に漂着したのですが、彼らはまったく困りません。美味しい食べものが、つぎからつぎへと眼前にあらわれ、しかも難なく手に入るからです。3人は天然の食糧庫たる豊かな島の恵みを享受して、食べもの探しや食料生産にあくせくすることなく、ただひたすら冒険を満喫します。ひたいに汗して働いた「開拓移民型」サバイバーの元祖ロビンソンやスイス人一家とは異なり、バランタインの3少年は愉快に遊びまわるだけの「物見遊山型」「観光旅行型」サバイバーなのです。
 
そんな彼らが上陸後最初に口にした現地の食べものが、ヤシの実(ココナッツ)です。のどの渇きを訴えたピーターキンに、博識なジャックが、頭上にしげる果実のなかから若いのを選んでとってくるように、そして、殻に穴をあけてなかにたまっているジュースを飲んでみるようにと助言します。それを忠実に実行したピーターキンは、ほっぺたが落ちそうなくらい美味しいと大喜び、つづいて飲んだラルフも、最高級のレモネードのようだと大絶賛します。さらに、実のなかにジュースだけでなく、ミルクのような食べものまで入っているのだと聞かされたピーターキンは、ただで飲み放題、食べ放題とは天国みたいだと大はしゃぎするのです。
  
 

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このように、「ヤシの実」には、19世紀後半から20世紀にかけて大流行したお気楽能天気系ロビンソン変形譚で、「労せずして手にはいるご馳走」というイメージが付与され、その後の変形譚にも欠かせない小道具として定着していくことになります。日本でも、島崎藤村の詩につけられた哀愁漂うメロディ、NHK「みんなのうた」で流れた陽気な童謡、「夏」と「ココナッツ」で韻をふんだ底抜けに明るいポップスなど、時代ごとに違いはあっても、口ずさむ歌を通して人々の心にヤシの実のイメージが形作られてきたはずです。今では、海の彼方にある南の島を感じさせるアイテムとして、その地位をしっかり確立しているように思います。バブル期以降には、観光地化された南の島を訪れて、ホテルや露店で皮をむいたココナッツの白い実に直接ストローをさし、「ココナッツウォーター」をじっさいに味わったという人もかなり増えたのではないでしょうか。
 
あいにく私自身は、南の島ともリゾートホテルとも無縁な生活を送ってきたせいか、子どものころにあれほどあこがれていた「楽園のレモネード」を味わう機会がなかなかめぐってきませんでした。ほんもののヤシの実をはじめて目にしたのは、10年ほど前、アメリカ滞在中のことでした。スーパーで、バナナの横に山のように積み上げられている茶色い物体を目にして、「巨大化したサトイモか?」と思って近寄ってみるそこに書かれていたのがCoconutの文字! 2.99$という値札に狂喜乱舞して購入し住まいに持ちかえったものの、果物ナイフと台所用のハサミでは固い殻にまったく歯がたたず、数時間格闘したあげく、結局ビニール袋に入れてコンクリートに打ちつけ、ひびがはいったところへハサミの刃をこじ入れてようやく「なかみ」にご対面とあいなりました。しかし、濁った液体をなめて「うぇ~~」、白い部分をスプーンでゴリゴリこそげとって口に運んで「うぇ~~」……まったくもって散々な<ヤシの実初体験>でした。
 
ちなみに、今回ネット検索してみたところ、スーパーで売られているヤシの実の種類や用途、処理方法について詳しく説明してくれているサイトがいくつも見つかりました。10年前にもこういうものがあれば、手にマメを作りながら「レモネードはどこ? プルンプルンのミルクゼリーはどこ?」と叫ぶこともなかったのでしょうが……。こうしてじっさいに自分で挑戦してみると、十分な道具もなしに、やすやすとヤシの実をもいできて殻に穴をあけた19世紀の少年たちの超人ぶり(?)に、苦笑いせざるをえなくなります。

 
 
 
 

 
  アメリカのスーパーの店頭に並んだ「オールドココナッツ」。

 
 
 
 

  
 
白い実(胚乳)部分に残る削りあとから、固さを(そしてマズさを)推測してほしい。
これは生食用ではなく、ココナッツミルクを作るためのものなんだそうな。😢
 
 
 
「ヤングココナッツ」と「ココナッツジュース」。 ナタやノコギリを持っているか、器用で穴あけのコツを知っている人以外は、無理せずパック入りジュースを買ったほうがいいと思う。
(*あくまで個人の見解です)

 
 
 

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苦笑いで済ませた私とはちがって、『若草物語』の作者オルコットは辛辣でした。1869年に出版された『昔気質の一少女』のなかで、彼女は、当時大流行していた「物見遊山型」「観光旅行型」ロビンソン変形譚に対して、痛烈な皮肉をぶちかましています(112頁)。「楽園の果実」としてのヤシの実をめぐるエピソードについて感想など求めようものなら、「なんとまあ荒唐無稽でご都合主義なことか!」と、その怒りに火をつけることになったにちがいありません。
 
現代の作家たちは、さすがにオルコットの逆鱗に触れるような愚はおかしていません。ゴードン・コーマンの<サバイバー地図にない島>シリーズやジェフ・プロブストとクリス・テベッツの<サバイバー>シリーズなど、21世紀の変形譚に登場する少年少女は、ヤシの実の固い殻に手を焼いてすぐに癇癪をおこしますし、道具を使ってなんとか実や汁にありついても、手間がかかるわりに味や量がたいしたことないと不満をいだきます。いかにも都会育ちの現代っ子サバイバーらしい〝リアルな″反応ではありませんか。でも、「可愛げがないガキどもめ」と舌打ちしたくなった人もきっといるはず……彼らと比べると、ヤシの実を手にして驚きや喜びをあけっぴろげに表現していたピーターキンは、なんと素直だったことか! 19世紀の作品が、「清く・正しく・逞しい〝良い子″たちの修学旅行日記」だったとすれば、現代の変形譚は、「わがままで利己的な〝問題児″たちの矯正合宿記録」といったところでしょうか。そもそも、普段から食べ放題・飲み放題の世界で生きている現代っ子たちが、ヤシの実ごときで簡単に幸福感を得られないのも当然といえば当然かもしれません。
 
 

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『無人島の三少年』で、ヤシの実について知っていたのは読書家のジャックでした。彼は、「本」で学んでいた役立つ知識をつぎつぎと披露し、自然とリーダーの地位におしあげられましたが、現代作品で「物知り」なのは、ゲームオタクかひきこもりのテレビっ子と相場が決まっていて、いくら知識があってもリーダーになることはありませんし、その知識も必ずしも役立つとは限りません。たとえば『サバイバー地図にない島② 銃弾』には、「ディスカバリーチャンネル」ファンの少年が登場します。彼は、ヤシの実を割ろうと悪戦苦闘する仲間に手を貸しもせず、テレビでは原住民が素手で割っていたと賢しげに口をはさむくせに、具体的な方法を尋ねられると、その部分の放送は見ていないと答えるのです(8頁)。だったら最初っから黙ってろ! と言いたくなるのは私だけではありませんよね。
 
じっさい、ヤシの実の固い殻も、コツさえ知っていればたやすく割ったり穴をあけたりすることができるそうです。荻原浩の『オイアウエ漂流記』には、そんなエピソードが登場します。これは、南太平洋上の無人島を舞台に、職業も年齢も旅の目的も多種多様な男女10名(と犬1匹)によるサバイバル生活をユーモラスに描いた作品です。物語のなかで、ヤシの実をあつかう〝コツ″を知っていたのは、小学校4年生の孫息子をおともに、ガダルカナルへの慰霊訪問をおえたばかりの84歳の老人でした。この「じっちゃん」は、無人島上陸以来、兵隊時代の記憶と現実との区別がつかなくなって頓珍漢な行動を繰りかえしていたのですが、ヤシの実を持たされると、力自慢の男たちがだれも歯が立たなかったその固い殻に、小さな石ひとつでみごとに穴をあけてみせました。しかし、じつは、ガダルカナルのレストランで孫にココナッツジュースねだられたときには、思い出したくない味だといって注文するのを断っていたのです。「じっちゃん」にとってのヤシの実は、<食べ放題・飲み放題の楽園>どころか、<戦いと飢餓の地獄>を想起させるものだったわけです。 
 
この作品のなかでは、若かりし日の「じっちゃん」の経験は詳しく語られていません。ですから、ヤシの実のそんなイメージは想像できないという若い世代には、大岡昇平の『野火』や水木しげるの『娘に語るお父さんの戦記——南の島の戦争の話』などを読んでもらうといいかもしれません。こういった作品を通してヤシの実のことを知ると、「楽園のレモネード」を思い浮かべても、口のなかがどことなく苦く、酸っぱく感じられるからふしぎです。お気楽能天気系ロビンソン変形譚を楽しく読んで、南の島への旅心を喚起されるなら、それはそれでよし! でも、現地でフレッシュ・ココナッツジュースを味わうまえに、そんな苦味や酸味にもせめて気づいていたいものです。

 
  
 

 
手を伸ばせば取れそうな高さで結実している場合もあるけれど……
 
 
 
 
 
こんな木ばかりだと、実をもぐのも命がけ。(セント・トーマス島にて撮影)
 

 
 

 
 
 
 
●引用作品


  
 
『無人島の三少年』
(石坂洋次郎編、少年少女名作家庭文庫第6巻)
バランタイン著
代山三郎訳
主婦之友社
1951年
 
 

『昔気質の一少女』
オルコット著
吉田勝江訳
角川文庫
1968年
 
 

 『サバイバー地図にない島① 漂流
ゴードン・コーマン著
千葉茂樹訳
旺文社
2002年
 
 
 

 『サバイバー地図にない島② 銃弾
ゴードン・コーマン著
千葉茂樹訳
旺文社
2002年
 
 
 

 『サバイバー地図にない島③ 脱出
ゴードン・コーマン著
千葉茂樹訳
旺文社
2002年
 
 

 『サバイバー地図にない島1 嵐の試練
ジェフ・プロブスト
クリス・テベッツ著
澤田澄江訳
講談社
2016年
 
 

 『サバイバー地図にない島2 炎の試練
ジェフ・プロブスト
クリス・テベッツ著
澤田澄江訳
講談社
2016年
 
 

 『オイアウエ漂流記
荻原浩著
新潮文庫
2012年
 
 

『野火』(ジュニア版日本の文学19)
大岡昇平著
金の星社
1975年
 
 

『娘に語るお父さんの戦記——南の島の戦争の話』
水木しげる著
社会批評社
1999年