ギュンウシュウ出版2025年冬の新刊②
1.İstanbul Senin Olacak /イスタンブルは君のものになる
2024年、ギュンウシュウ出版では初めての一般向け書籍『ぐうたら星』『眠る街』に続くベヒチ・アクの新作。
編集部は以下のように作品を説明している。
「ベヒチ・アクが描くイスタンブルのあらゆる道は、裏切り、待ち時間、文学、未解決の問い、果て無き応酬、絶望的な愛が交差する詩へと繋がっている。記憶と過去の塵を飲みこんだ者たちが、文学クラブで、時を超えた食卓で出会う。
作者は、フラヌール(注:フランス語で遊歩者、散策者などの意)のように、タイムトラベラーのように、風に吹かれて浜辺に打ち上げられた詩編を集める“風収集家”のように、イスタンブルを思うままに歩く。私たちが断固としてしがみつくアイデンティティ、捨て去ることのできないもの、また不死と自由について、印象的な社会的視点を提示してみせる」
彼は何年も会っていない友人たちを夕食に招待することにした。しかし、どうすれば実現できるのか見当もつかなかった。第一に、いまだに思い出に囚われているような印象を与えたくなかった。過去を忘れたいと願う人々を軽蔑するような人物だと思われたくもなかった……。青春時代をともに過ごしはしたが、何年も会っていなかった人々が再会すれば、予期せぬ結果を招くことをも承知していた。
互いに面識のないひとたちの食事を計画する方が、はるかに容易だ。青春時代とは、枕に頭を載せた瞬間に現実となる大きな希望とユートピアに満ちたものである。どうにもならない。
30年以上も経って、夢の中で会うだけのひとたちを集めると、彼らを、日常的な現実に容易に迎合するような信頼に値しない疑わしい存在に変えてしまう可能性がある。学費の分割払いといった問題に悩まされていない、アパルトマンの部屋を買う気もなく、別荘を手に入れるつもりもなく、車のブランドも一切気にせずに、若き日の希望をいまだに抱いている理想主義の恐竜みたいな人物がまだ彼らの中に残っているなら、この再会は裁判に引き出されるのと同じだ。(「とある食事への招待」)
セヴギとは文学談話会で出会った。あのころ、セヴギは法律を学んでいた。この会をどうやって知ったのか昨日のことのように記憶していた。だが、30年以上も前のことなのだ。通いの掃除婦のアイセルさんから教えられた住所だった。文学談話会の存在をアイセルさんのような読み書きを知らない人物から聞いた、という事実は、現実世界がセヴギからいかにかけ離れたところに存在していたのかを示していた。
ある日、会話の折に「あたしが掃除に行くのは2ヶ所だけ」とアイセルさんが言った。「あなたのところと文学談話会。あたしはね、選んで行くんですよ。知らないひとのところには絶対に行きませんよ」
その瞬間、セヴギはなぜか文学談話会に入会すべきだと思ったのだ。アイセルさんを信頼していた。彼女が掃除に行く人たちは、本当に特別な存在だった。(「文学座談会」)
作家プロフィール
Behiç Ak
(ベヒチ・アク)
トサムスン生まれ。イスタンブルで建築を学ぶ。1982年から、ジュムフリエット紙で、カリカチュア(風刺漫画)を手がけている。児童書、カリカチュア、戯曲、芸術監督などを手がける一方で、映画業界でも活躍する。1994年に撮影したドキュメンタリー映画『トルコ映画における検閲の歴史-黒幕』は同年に国内の映画賞を受賞した。
最初の児童向け作品『高血圧のプラタナス』は、野間国際絵本原画展の第5回奨励賞を獲得し、ギュンウシュウ出版によって、新たな装丁となったものが、2014年、中国語にも翻訳された。絵本作品の『ふしぎなくも』『ネコの島』『めがねをかけたドラゴン』『ぞうのジャンボ』などは日本語に翻訳、出版されている。
また、過去の作品を新しい装丁でギュンウシュウ出版より発表した。『ベヒチ・アクの笑い話』というタイトルにまとめられた物語は、子どもだけでなく大人の読者からも支持を受けている。30年来の漫画を集めた『ベヒチ・アクのイラスト集』も人気を博している。『Çの友情に乾杯!』(2013)は、ÇGYD(児童・ヤングアダルト図書協会)によって、同年の最優秀児童書作品に選ばれた。同作に始まる「唯一の子どもたち」シリーズは『理髪店のオウム』(2022)で11冊を数える。
アストリッド・リンドグレーン記念文学賞、国際アンデルセン賞のトルコのオナーに選出されている。
ベヒチ・アクは一般向け小説も手がけているが、2024年、ギュンウシュウ出版からは初めてとなる一般向け小説『ぐうたら星』『眠る街』を発表した。2025年にはこのシリーズに『イスタンブルは君のものになる』が加わった。
執筆者プロフィール
鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)