ギュンウシュウ出版2025年冬の新刊①
1.Yeryüzü Güvercinleri /地上の鳩
チーデム・セゼルが、戦争に巻きこまれ、命をつなぐため懸命にたたかう子どもたちを描く。戦争がいかに子どもたちの世界を壊し、彼らがどのように無力に置き去りにされるのかがテーマ。その一方で、子どもならではの無邪気さと平和へのあこがれも抒情的に表現している。
小学校高学年以上推奨。
その朝、裏庭からフェラムシュおじいちゃんの声は聞こえなかった。「キャンディーがほしい子はいるかい?」とたずねてくれるひとはいなかった。
おじいちゃんが、みんなにキャンディーをくれることは知っていたけど、わたしたちはベッドからとび起きる。急いで顔を洗い、服を着て、朝食を食べると、学校のカバンをしょって家を出る。
わたしと、サマルと、アイシェ……。
フェラムシュおじいちゃんは笑って両腕を広げ、キャンディーでいっぱいの手のひらを差し出してくれる。一番にキャンディーを取ったひとが、その日の「幸運なひと」になる。
その朝、フェラムシュおじいちゃんの声はしなかった。もう誰も、キャンディーを持って庭でわたしたちを待つことはない。あんなに優しく微笑むこともない。「このキャンディーのように、今日も素敵な一日になりますように!」と言って学校へ送り出してくれることもない。
フェラムシュおじいちゃんを亡くした襲撃のあと、学校は1週間休みになった。
学校に行くはずだったあの日、私はベッドから出たくなかった。お母さんに言われて、朝食も食べずに服を着て家を出た。庭に足を踏み入れた瞬間、まるで巨大な暗い井戸を見たような気がした。そこに庭はなかった。木も、友だちもなかった。
「ねえ!」サマルが私を小突いた。「まだ目が覚めてないわけ?」
わたしは驚いてサマルを見た。庭はそこにあった。木も、友だちもそこにあった。ただ、フェラムシュおじいちゃんだけがいなかった! フェラムシュおじいちゃんは、どこかへ行って戻ってこなかった。それから他の人たちも、おじいちゃんのあとを追って行ってしまった。アイシャの父親、おじ、サマルの若いおじ、兄、そして他の人たちも……。
庭のハンモックで眠りこんでいたんだったらよかったのに。
サマルの声で目を覚ましたんだったらよかったのに。サマルが色とりどりのビーズを持ってきてくれたんだったよかったのに。一緒にそれをひもに通して、ネックレスやブレスレットを作っていたんだったらよかったのに。
白い鳩が頭のうえを飛んでいたんだったらよかったのに。
うちの猫のジャミルが鳩に向かって飛びついて捕まえようとしていたんだったらよかったのに。「ジャミルの名前はハンサムって意味だから、鳥は全部捕まえられると思ってるんだね」とそのようすを笑いあっていられたらよかったのに。
飛んでいく鳩をながめながら「わたしたちにも翼があれば、鳥みたいに飛べるのにね」とわたしが言って、サマルがまた笑っているんだったらよかったのに。
なのに、わたしたちが翼があればと夢見ているとき、死んだ鳩が空からわたしたちの上に落ちてきたんだ。
レイラと親友のサマルは、紛争の中でも毎日平和を望んで暮らしていた。遊びのじゃまをする爆撃は、すでに彼らの生活に不可欠な一部となっていた。父と兄たちが戦闘に加わると、レイラは恐怖を隠すために夢の中に逃げこんだ。
ある日、食料品店から帰ると、彼女がいっとき留守にした家は爆撃で廃墟と化していた。ひとり残されたレイラは病室で目を覚まし、家族、隣人、サマルへの想いにさいなまれつつ過ごす。
作家プロフィール
Çiğdem Sezer
(チーデム・セゼル)
トラブゾン生まれ。アンカラ・ゲヴヘル・ネスィベ保健教育研究所卒業。看護師、教師として勤務した。さまざまな雑誌に詩が掲載されるようになり、最初の詩集は1991年に発表された。1993年の詩集『狂った水』で、デュンヤ・キタップ誌の賞を受賞する。その後も詩集で多くの賞を受賞している。
都市学に関する研究書に加え、『愛と香辛料』(2008)や『青い草原の女たち』(2013)など一般向け小説も手がける。
2014年、子ども向けの詩集『アルファベットからにげだした文字』で、トゥルカン・サイラン芸術賞を受賞。児童向け作品『ジュジュ、わたしをわすれないで』(2015)で、コジャエリ・オルタドーウ工業大学児童文学賞を受賞する。その後は、ヤングアダルトを中心に作品を発表している。 ギュンウシュウ出版では、『隠された春』(2017、ON8文庫)、『ハヤット菓子店』(2017、架け橋文庫)などの作品がある。『トラック・カフェ』(2019)は、2020年のIBBYのオナーリストに登録された。ほか『大笑いケーキ』(2020)、『ラストチャンス・タイムアウト』(2021)など。2023年にトルコ共和国建国100年を祝う『プラタナスは100歳』を発表した。『プレッツェル・スティック』(2024)に続き『地上の鳩』(2025)を刊行した。
アンカラに暮らす。
執筆者プロフィール
鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)