ギュンウシュウ出版2025年夏の新刊②
1.O-Ne-O Gezegeni /それはいったいなに星
ギュルセン・オゼンの短編集。表題作の「それはいったいなに星」をはじめとして、教育者であるオゼン自身の体験をもとにした9編の短編が収められている。「子どもの心からあふれ出る喜び」をテーマとしており、大人になりたいと思いながらもみずみずしい好奇心を忘れない子どもたちの姿を描く。
小学校3年生以上推奨。
「それはいったいなに星」は、くつをなくした少年と母の会話。
学校から帰ってきて家のベルを鳴らす前に、ぼくは自分の足元を見た。左足には大きなピンクのプラスチック製サンダル。泥だらけのくつしたが恥ずかしそうだ。ベルを鳴らしたくないけど、しょうがない。長く3回、短く2回。それからドアをノックする。これが「ぼくが帰ってきたよ」という暗号。
ママがドアを開けるかもしれない。それともレイラさん。レイラさんなら、家の中をきれいにするみたいにぼくのこともきれいにしちゃってくれるはず。ぼくは祈った。「ママじゃありませんように」
開けたのはママだった。
ママも今帰ってきたところみたい。パソコンケースを持ったままだし、買いものの袋が玄関に置いてある。
いつもみたいにぼくのことを優しく見て笑った。ママが笑うと顔のまわりにチョウが飛んだみたいに見える。きれいなんだ。でもその笑顔は、ぼくの左足の大きなピンクのサンダルを見たとたんに消えた。
「ちょっといやだ! それはいったいなんなの?」
ぼくは足の指を動かしてみせた。ママはそれにがまんできなくなったみたいで、大声で笑いだした。顔のまわりにピンク色のチョウが飛んだ。
「ママってば、笑わないでよ」ぼくも笑いながら言った。
「なにがあったの? くつはどこに行っちゃったのよ」
「くつは、どこに行っちゃったんだろう」
知ってたら答えてる。大きなサンダルを引きずってきたから左足は疲れてるし、右足に残ったスニーカーはサンダルなんて見下してて絶対になかよくなってくれそうもないし。それでも両足をこすり合わせてスニーカーをぬぐと、ぼくは片足でおふろに向かった。
「よく洗ってよ。せっけんで、よーく」ママが言った。
「洗うってなにを?」
「足に決まってるでしょ」
ぼくはくつしたのことだと思ってた。こんなに泥だらけのくつした、どうやったらきれいになるんだろうって。
「ちゃんと説明しなさい。くつはどこ?」
「説明するよ」
ぼくは学校も、友だちも、先生たちも、そして授業も大好き。でも、休み時間と昼休みがいちばん好き。100メートル走の選手みたいに、みんなと押し合いっこしながら食堂まで歩くのは冒険みたいなものだし。スープとごはんを早食い選手権みたいにスプーンですくうでしょ。早く校庭に行かなくちゃいけないからさ。だって……これはゲーム、ゲームなんだよ。友だちと走って、キャッチボーして、さけんで、勝負するわけ。冬で寒くても、夏で暑くても、風が吹いても雨が降っても、砂ぼこりでも、泥だらけでも関係ないの。チャイムが鳴るまで校庭で遊ぶんだよ。
「それで、くつは? くつの説明を待ってるの」
「ママってば、いま説明してるじゃん」
広い校庭で、ぼくたちのサッカー場は土なわけ。石でゴールをふたつ作るでしょ、その間を走り回るんだよ。友だちが「ゴール!」ってさけんだ。見たら、ぼくがけったボールがエライの手をすりぬけてフェンスに当たってたんだよ。
ぼくがゴールを決めたわけ。ぼくは嬉しくて、くるくる回って飛んではねて、走り回っちゃった。ミネ以外に、ぼくのボールをとれるやつなんていないんだから。ぼくがギョクハンとサディとドルクをドリブルで抜いていくとこ、ママに見せたかったなあ!
息子の元気な学校生活を喜びながらも、なくなったスニーカーの行方を気にする母と、自分の活躍を伝えてスニーカーをなくしたことを許してもらおうとする息子のやりとりが楽しい。
ほかの短編では、ポップコーンのように教室から飛び出してくる子どもたち、リンゴのなるレモンの木、浮かぶゾウ、カギのかかった日記帳、初めてのキーホルダーなどがテーマ、キーワードになっている。作者は毎日の楽しさに喜びを抑えきれない子どもたちに作品を捧げたと、編集部は評している。
作家プロフィール
Gürsen Özen
(ギュルセン・オゼン)
バルケスィル県スルルク生まれ。ボル女子師範学校を卒業。イスタンブル大学文学部トルコ学学科卒業後、アルトヴィン県で教師として勤務する。続いてフェトヒエ高校に長年勤務をしたのち退任。その後は、塾や私立学校で教師として勤務する。学生や子どもたちのため、社会文化活動、社会福祉事業にも尽力する。この間に出会った子どもたちから着想を得た『おはなしはピョンピョンとびまわる』(2015)が最初の作品となる。2020年に『おやつのテーブル』を発表。最新作は2025年の『それはいったいなに星』。
夫とともにフェトヒエに暮らす。
執筆者プロフィール
鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)