ギュンウシュウ出版2025年夏の新刊①
1.Küskünler /不機嫌なひとたち
短編小説で多くの文学賞を受賞しているベフチェト・チェリキによる思春期の真摯な感情を軸としたヤングアダルト作品。作者の特徴である明快な語り口と力強い文章運びで、テンポよく物語を展開する。
自分のことをうまく表現できないもやもやとした感じ、不機嫌、色々なことの板挟み状態、家族の問題などに翻弄される主人公たちが抱える思春期独特の問題を描く。
中学生以上推奨。
アリ先生は紙の束を机に置くと、その上に手を乗せた。
「みんなの宿題を読みました。これを返す前に、ある宿題について話しておきたいことがあります」
教室はざわざわしはじめた。「誰のことですか?」「どの宿題ですか?」「なんでですか?」
アリ先生はとある生徒の名前を呼んだ。「フェルハト」
その瞬間、教室の視線はフェルハトに集まり、誰かがこう言った。「またフェルハトがいい点をもらったってことだ」
フェルハトの顔は赤くなった。アリ先生が宿題の作文について話すということは、絶対にいいことを話してくれる、ということだ。アリ先生の宿題ではいつもいい点数をもらえるし、これは喜ぶべきことだった。なぜなら、ほかの授業ではクラスで一番なんてことは一回もなかったからだ。あっても「悪くない」の評価だった。
名前を呼ばれたのでフェルハトは立ち上がろうとしたが、アリ先生は座っているように合図をして話を続けた。
「作文の採点はなかなか難しかったですよ。特に、フェルハトの作文はね」
クラスメイトたちはクスクス笑いながら「満点以上をつけるのにどうしようかってことですか?」と聞いたので、フェルハトの口は勝手に笑いの形になり、顔はさらに赤くなった。ところが、アリ先生は「その逆です」と言ったのだ。「残念だけれど10段階評価で6点をつけました」
他の教科で、フェルハトの平均点は6点だ。アリ先生がくれる高評価で成績が上がっていたのに、これでは学期末を迎える前に、平均点が下がることを覚悟しなくてはならない。
フェルハトの顔は赤くなり、青くなり、また赤くなった。きっととんでもない間違いをしたに違いない。文法の間違いもたくさんあったんだ。でもあんなに気をつけて書いたのに……。
アリ先生は「とても上手に書けていました」と言った。「表現も、文章もとても素晴らしかった。笑顔で読みましたよ。しかしね……」
生徒たちは口をぽかんと開けて顔を見合わせた。上手に書けていたって。それはそうだ。フェルハトの作文なんだから。
アリ先生はフェルハトの顔を見て「わたしがどんな宿題を出したか覚えていますか?」と聞いた。
「とても悲しいかったことを書きなさい、でした、先生」「そう、そのとおり。最初の一文で、君が宿題をよく理解していることがわかります」
手元の紙に目を落としてこう読んだ。「父さんとじいちゃんは何年も口をきいていない。ぼくは、それがひどくつらい」
父と祖父の長年の確執を書いたフェルハトの作文は、よい点数をもらえなかった。しかしこの作文がきっかけで、フェルハトは友人のギュル、アクン、ゼイネップに祖父を紹介することになる。
4人はフェルハトの父と祖父を和解させる計画を立てた。事態を悪化させるリスクを負いながら、なんとかふたりの間の氷を溶かそうと奮闘する。
作家プロフィール
Behçet Çelik
(ベフチェト・チェリキ)
1968年、アダナ生まれ。1990年、イスタンブル大学法学部を卒業。1987年19歳のとき、ヴァルルク誌に掲載された短編をはじめとして、多くの新聞や文芸誌に作品が掲載されている。
1989 年にアカデミー書店短編小説賞、2008年にサイト・ファーイク短編小説賞を受賞。2011年にはハルドゥン・タネル文学賞を受賞した。
ギュンウシュウ出版では、2011年に架け橋文庫からヤングアダルト作品『クラスの新入り』が出版された。
2015年にはトゥルカン・サイラン芸術賞を受賞した。2016年にはギュンウシュウ出版から児童向け小説『にもつなしキャンプ』を発表。また、短編を自ら『道の影』(2017)としてまとめている。一方で雑誌編集者としても勤務していた。
ギュンウシュウ出版での最新作は、ヤングアダルト作品の『不機嫌なひとたち』(2025年)。
妻とともにイスタンブルに暮らす。
執筆者プロフィール
鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)