企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第46回 

ギュンウシュウ出版2021年春の新刊③

1.Ağaçlı Gül ve Hayal /『木に咲くバラと夢』

ベルナ・ドゥルマズの最初の児童向け作品。架け橋文庫。人生におけるさまざまな障害に立ち向かわねばならない子どもたち、大人たち、一方で、自然と深くつながろうとする人びとを描く。リアリズムを用い、描かれる世界は決して甘くないが、人を引きつける作品だと編集部は評している。
 
小学校高学年以上推奨。
 
 

 © Günışığı Kitaplığı

 
突然の話だった。村の中学校がすべて閉鎖になってしまったのだ。生徒たちは、雪が降りしきる中、近隣の地域の中学校へ遠い道を通うか、寄宿学校に入るように言われた。ハヤルはどちらもできなかった。父さんは一度だけ「こんな道を通えるかね?」と言っただけで、以降、中学校のことは口にしようとしなかったから。ハヤルは、来る日も来る日も、学校が再び開くのではないかと待っていたが、それは無為な日々だった。
 
ある日、イスタンブルに暮らす父さんの兄弟から電話が来た。ギュルおばあちゃんが入院したのだ。これで何回目かわからない。しかし、おじさんとその妻は朝から夜遅くまで工場勤務でそばについていられない。ハヤルに、ギュルおばあちゃんのそばについていてもらえないだろうか、学校へ行くなら、こちらでなんとかする、と提案してきたのだ。
 
ハヤルはおばあちゃんが大好きだった。しかも学校にまで行けるとなれば断る理由はない。「行くわ! 鳥のように飛んでいく!」とすぐに答えた。
 
出発の朝、ハヤルは大好きな森の木々を抱きしめて別れを言った。「できるだけ早く帰ってくる。待っててね」。
 
しかし、高層ビルが並ぶイスタンブルで、ハヤルが生活することになったのは、「一夜建て(ゲジェ・コンドゥ)」と呼ばれるバラックで、学校へ行ける日はどれだけ待っても来なかった。絶望したハヤルは散髪屋で働きはじめる。
 
タイトルの「バラと夢」は、主人公ハヤル(hayal/夢)とギュルおばあちゃん(gül/バラ)の名前にもかかっている。
 


2.Olmayan Şeyler /『起こらなかったこと』

フュスン・チェティネルによる、ヤングアダルト作品。作者としてはギュンウシュウ出版で初めての短編集となる。日常の中で自分の在り方を見つけようと右往左往する若者たちの姿を描いた15編の短編が収録されている。
 
読み手の人生のどこかに必ず、小さくても引っかかるものがある作品であると、編集部は評している。
 
中学生以上推奨。
 

© Günışığı Kitaplığı
 

目次の最初は『猫の声』。
 
私に猫の声が聞こえるようになったのは、マルスクが死んですぐあとだった。木の枝の間から猫の声がした気がして飛び起きた私は、寝ぼけまなこでパジャマのまま家の外へ飛び出そうとした。ママが止めなかったら、何時間でも声の主を探していただろう。それから、ソファに丸まって本を読んでいたとき。今度は部屋の外から聞こえた、また同じ声。部屋のドアを開けた。猫も、ほかの何かもいなかった。
 
パパは私の髪をなでて言う。「慣れなくちゃいけない。もう、マルスクはいないんだよ」。私は小さく泣いた。少し前に、雪でおおわれたビワの木の下にマルスクを埋めたのを覚えているから。
 
13歳のうちの猫マルスクがおかしい、と感じたのは雪の降る日。半開きの窓の前で戸惑うようにじっとしていた。私は、ビワの木に止まっているコマドリを見ていると思っていたのだ。でも気がついた。マルスクの目には光がなかった、真っ暗だった。一晩ようすを見ようということになって、次の日学校から帰ると、マルスクはぐったりしていた。
 
獣医につれて行くと、先生はマルスクを診断して、頭に腫瘍があるようだと言った。そのまま入院させると。私は自分を責めた。なんで気がつかなかったの、なんでもっと早くつれてこなかったの。先生は「もうお年ですからね」と言うけど、私はそんな言葉は聞きたくなかった。
 
入院してもマルスクはよくならず、家で看取ることになった。パパとママは、マルスクの苦しそうなようすに安楽死を言って獣医に電話をした。電話に出た先生に、私は「多分、明日には」と言った。私にはわかっていた。明日は来ない。
 
青春時代の楽しみ、迫られた選択、卒業パーティー、自立への挑戦、人のまねをすることへの嫌悪、都市の喧騒、大学生活、大人への第一歩など、若者たちの日常の中にある葛藤を描き出す。

作家プロフィール


Berna Durmaz
(ベルナ・ドゥルマズ)
 1972年、クルクラーレリ生まれ。1994年、イスタンブル大学政治学部行政学科を卒業。作品は、1995年以降、複数の文芸誌に掲載されている。最初の短編集は2011年に発行された『丘の上の女』。その後、短編集『そこに一枚の絨毯がある』(2012)、『悪循環』(2013)が発表された。2014年にハルドゥン・タネル文学賞を受賞するきっかけとなった『悪循環』に続き、『北西風寒し』(2016)、『金属的人生』(2018)などの短編集を発表した。ギュンウシュウ出版では、2021年の架け橋文庫『木に咲くバラと夢』が最初の作品となる。
 夫と娘とともにイスタンブルに暮らし、教師としても勤務を続けている。
 

Füsun Çetinel
(フュスン・チェティネル)
イスタンブル生まれ。オーストリア高校を卒業後、ボアズィチ大学英語教育学科を修了する。教師として勤務するかたわら、イギリスで語学学校のスタッフとしても活動。児童・ヤングアダルトを対象とした物語のワークショップを開催する。また、トルコ国外の児童・ヤングアダルトのキャンプで社会問題のプロジェクトにも参加している。
『アヤソフィアはうたう』(2015)、『秘密の道』(2016)で小学生向けの作品、『壁の前の三週間』(2017)でヤングアダルト作品を手掛ける。その後も、『チコが選んだもの』(2018)、『小さくて汚い緑の虫』(2019)など、小学校高学年以上を対象とした作品を積極的に発表している。
家族とともにイスタンブルに暮らす。
 
 
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。 
 
帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。
 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)