企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第43回 

ギュンウシュウ出版2020年新刊⑥

1.Ali, Cavid’e Karşı/『アリ、コロナに立ち向かう』

2020年に『失われた世界 バルト』に続き、イレム・ウシャルが発表した作品。2021年現在も、全世界で猛威をふるっているコロナウイルスをテーマにした。
 
子どもたちの生活が学校や家庭内で色々と制限を受けるなか、どのように新しい道を切り開いていくかという前向きな内容になっている。感染症専門医オンデル・エルギョニュル(注1)が監修を行い、コロナウイルスのなかで生活していくための情報や、人間の体の仕組みの知識についても知ることができる作りになっている。
 
さし絵は、フバン・コルマン。
 
小学校中学年以上推奨。
 

 © Günışığı Kitaplığı

 
アリの家の朝は、いつもと同じに始まった。お父さんのユルマズ氏は二杯目のチャイを注ぎ、お母さんのフェリデさんは朝のテレビを見ている。アリは、学校のしたくをして、昨日の宿題のことを話していた。
 
ところが、コロナウイルスの流行でそんな普通の毎日が大きく変わってしまった。学校の授業はぜんぶ、オンラインになってしまい、アリはなかなか慣れることができない。フェリデさんは医療従事者なので、アリはお母さんの健康も心配だ。お母さんの仕事が仕事だけに、家族は予防に細心の注意を払っていた。ところが近所のひとの不注意のせいで、ヤシャルおばあちゃんがコロナウイルスに感染してしまったのだ。おばあちゃんは病院へ運ばれていき、アリは心配でたまらない。そんななか、アリはコロナウイルスの存在から、人間の体に関する新たな知識を見いだすことになる。
 
イレム・ウシャルは、「この本が、知識を得て学ぶという喜びの若木を育てる、読者のみなさんの頭の中の種となりますように」と述べている。
 
 

2.Oralı Olmamak /『気にしない』

短編を得意とするムラト・ヤルチュンによる、初めてのヤングアダルト作品。架け橋文庫。一般向け作品におけるムラト・ヤルチュンの作風はシュールに寄っているが、この作品は若い読者に向けた、「正統派」ともいえるものになっている。
 
父親を亡くし、その思い出とともに生きる家族の過去から今へ続く物語。事故にあい障害を負うことになった母、早くから大人としてふるまわねばならなかった姉と高校生の弟の心のぶつかり合い、手をたずさえて生きていく姿を描く。
 
中学生以上推奨。
 

 © Günışığı Kitaplığı

 
母のアイスンは電動車いすを動かして、廊下を見た。「サルプ、新しいシャツを着るのよ」と息子に声をかけた。「このあいだ、すごく気に入ったってペリンに買ってもらったでしょ、それよ……。あった? ハンガーにかかっているはずよ」。サルプの姉ペリンは歯をみがいていたが、洗面所から弟をからかいはじめた。それにサルプが応戦し、一家の朝は騒がしいことになる。
 
サルプとペリンの生活は、父を亡くし、母の体がマヒする原因となった事故のあと、変わってしまった。しかし姉弟はより結びつき、忍耐強くなった。演劇にひかれているサルプの世界は、おじのエルセルと友人のギュリンによって豊かに輝いていた。
 
しかしある日、校長先生からかかってきた一本の電話がその世界の均衡を壊し、サルプを子どもから青年に変えていく。サルプは、録音で残された父の声を聞くことになる。
 
評論家のセミフ・ギュミュシュ(注2)は、「ムラト・ヤルチュンは、物語の冒頭からサルプの生活の変化を、同時に彼の内面を通して伝えるという方法を用い、何度でも読み返したくなるヤングアダルト作品を世に送り出した」と述べている。
 

※注1
Prof. Önder Ergönül(オンデル・エルギョニュル教授):トルコのコチ大学イシ銀行感染症研究センター(KUISCID)所長。トルコ科学アカデミーおよびトルコ臨床微生物学および感染症学会の会員で、議長を務めた。欧州臨床微生物感染症学会(ESCMID)の理事。
※注2
Semih Gümüş(セミフ・ギュミュシュ):トルコの文筆家、評論家。複数の雑誌を立ち上げ、現在も編集責任者を務めている。文学評論に関わる著書多数。
 
 

作家プロフィール


 
İrem Uşar
(イレム・ウシャル)
1975年、イスタンブル生まれ。ノートルダム・ド・シオン高校を卒業後、マルマラ大学ラジオ・テレビ・映画学科を修了。特派員、編集、文筆家として活動する。2012年、国際ペンクラブの招待により、ベルギーのアントワープで開催されたワークショップに参加。そこで、トルコのエーゲ海沿岸アッソスに建つ、スィヴリジェ灯台をテーマにした『灯台のひかり』(2011、ギュンウシュウ出版)を執筆する。
 
同年に発表した『こひつじちゃーんと遊園地みたいな一家』(2011)は、ÇGYD(児童・ヤングアダルト図書協会)の、その年の最優秀こども向け物語作品に選出された。『ラタ・シバ』(2013)、『ねむりをさがす女の子』(2016)、『まっすぐ線がとんぼがえり』(2018)、『牧草となる』(2015、ON8文庫)などを発表している。
 
飼い犬たちとともに、イスタンブルに暮らす。
 
Murat Yalçın
(ムラト・ヤルチュン)
1970年、イスタンブル生まれ。イスタンブル大学文学部心理学科を卒業。1986年から執筆活動を始める。短編を得意とし、その後、コンスタントに作品を発表。一方で、2020年には二作目となる長編小説『おじの欠片』を発表した。2009年、短編集『沁みる声』で、トルコ作家組合短編賞を受賞、2017年、『ペラ・メラ』で、ユヌス・ナーディ文学賞を受賞した。
執筆活動と並行して、1997年から、ヤプ・クレディ文化芸術出版にて編集者として勤務している。2000年に同出版社から雑誌『kitap-lık(本・棚)』を刊行し、編集長を務めている。ギュンウシュウ出版では、架け橋文庫のヤングアダルト小説『気にしない』(2020)が最初の作品となる。
妻、息子とともにイスタンブルに暮らす。
 
 
 
 
執筆者プロフィール


鈴木郁子
(すずき・いくこ)

「トルコ文学を学ぼう」と決め、出版関係の仕事を辞め、再び学生になるためにトルコ入りしたのは、2006年4月のこと。日本の大学で学んだのは日本の上代文学で、トルコ文学のことは何も知らなかった。
 
語学学校を経て、トルコはイスタンブルのマルマラ国立大学大学院に合格したのが2008年9月。トルコ学研究所の近・現代トルコ文学室に籍を置き、19世紀末から現代までのトルコ文学を学んできた。トルコ語で書いた修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。帰国後も、近・現代トルコ文学研究、翻訳、通訳、講師など、トルコ語に携わる。児童書を含め、トルコ文学を少しでも日本に紹介しようと動いている。