企画・編集・制作工房 株式会社本作り空 Sola
 

第12回 
ミュゲ・イプリッキチに聞く12

―ここからはミュゲさんの児童向け作品の代表作『石炭色の少年』についておうかがいします。物語を簡単に紹介していただけますか
M・İ:マリ(訳注:アフリカのマリ共和国)の少年サリフが、母親とともに、不法移民もしくは非正規亡命者と呼ばれる立場になって、イスタンブルへやってきます。ふたりは、混沌とした都会イスタンブルにほんの短いあいだ滞在します。そのあいだのできごとを切り取った物語です。
 

© Günışığı Kitaplığı/Müge İplikçi

 
―本作を書くきっかけはなんでしたか
M・İ:シリア人の子どもたちの目線で作品を書こうと思ったことですね。(訳注:トルコにはシリア難民が数多く流入し、滞在を続けており、社会問題にもなっている)
 
 
―難民について、事前に取材や研究はなさいましたか
M・İ:難民問題についての事前の下調べは、かつてのわたしの生徒が手助けしてくれたおかげで、作品に必要な背景を充実させることができました。ドウシュ・シムシェキが、わたしに多くのことを解説してくれたのです。
 
 
―いざ書き出してみて、困難はありましたか
M・İ:もちろんです。そもそも題材が難しいということもありますが。特にこれを子どもたちにわかるようにどう表現しようかと悩みました……。
 
 
―編集者にはいつ本作のことを話したのですか
M・İ:それがはっきりとは思い出せないのです。書きはじめたばかりのころに、相談に行った、のではなかったかしら? 編集者は、わたしの構想をとても喜んでくれました。
 
 
―先ほどもおっしゃいましたが、「難民」という難しいテーマは、今後、児童向け作品のなかでどのように形にされていくでしょうか
M・İ:わたしは小説という手法でこのテーマを形にしました。文学が持つ「共感の力」を信じているからです。難民というテーマは、どういった形にせよ、非常に厳しい目で審査されます。その厳しさを和らげてくれるのが、文学のすばらしいところです。
 
 
―たしかに「社会的」なテーマの最たるものです。児童書に仕上げるため、意識したことはありますか
M・İ:過剰にノリで書かないよう、注意をはらいました。それが一番気をつかったところです。
 
 
―主人公サリフと音楽の組み合わせはどうして思いついたのですか
M・İ:自然とそうなった、と言っていいと思います。こういった厳しいテーマですから、音楽によって和らげたかったということです。
 
 
―つまり、主人公サリフの名前を取ったサリフ・ケイタ(※1)はミュゲさんの好きなミュージシャンですね
M・İ:サリフ・ケイタ、大好きなんです……。
 
 
―作品は、特にサリフと母親のシーンは全体的に詩的な言い回しで書かれています。ふつうの地の文でありながら詩のように書くのは難しいことだと思います
M・İ:わたしは、詩的な言い回しが好みなんです。特にわたしの書く文章の中には端々に見受けられると思います。この作品でもわたしの文章的傾向が顔を出した、ということですね。
 
 

●ミュレン・ベイカンのひとこと

―この作品を読んだときの印象をお願いします
非常に心を揺さぶるドラマチックな作品です。第一稿を読んだ瞬間に、トルコ、世界を問わず、あらゆる場所で子どもたちに影響を与える「力」について考えましたね。移民や難民とならざるを得なかった子どもたちの苦しみを、大人にも気づかせる作品であると思いました。
 
わたしは本作を、様々な深い感情をかきまぜるような、友情と団を描いたある種の叙事詩と位置づけているのですが、音楽の癒しの力を、物語の登場人物のように動かす作者には脱帽しました。わたしの、いちばん好きな作品のひとつです。
 
魅力的な主人公サリフの名前の元となったアフリカ出身の偉大なミュージシャン、サリフ・ケイタの歌は、わたしもよく聞きますよ。
 

※1:サリフ・ケイタ(Salif Keïta)。1949~。マリ共和国出身のシンガーソングライター
 
 

 ●著者紹介


Müge İplikçi
(ミュゲ・イプリッキチ)
イスタンブル生まれ。アナドル高校卒業後、イスタンブル大学英語学・英文学学科を修了。イスタンブル大学女性学学科および、オハイオ州立大学で修士課程修了後、教員として勤務する。
 
当初は短編で知られていた。『タンブリング』(1998)をはじめとして、『コロンブスの女たち』、『明日のうしろ』、『トランジットの乗客』、『はかなきアザレア』、『短気なゴーストバスターズ』、『心から愛する人びと』など。小説には『灰と風』『ジェムレ』(アラビア語に翻訳された)、『カーフ山』(英語に翻訳された)、『美しき若者』、『父のあとから』、『消してしまえ頭から』など。これに加え、『廃墟の街の女たち』、『ピンセットが引き抜くもの』(ウムラン・カルタル共著)、『わたしたちは、あそこで幸せだった』などの論考を発表している。現代という時代、日常の中にある人びと、人間関係、人間関係の一部である女性に関するテーマを好んで取り上げる。
 
児童・ヤングアダルト向け作品には、『とんだ火曜日』(ドイツ語に翻訳された)、『不思議な大航海』、『目撃者はうそをついた』、『隠れ鬼』、『石炭色の少年』、『アイスクリームはお守り』、『おはようの貯水池』など。
 
トルコ・ペンクラブ女性作家委員会の委員長を4年務め、長年、研究者及びコラムニストとしても活動した。現在、メディアスコープtvにおいて「オリーブの枝」、「シャボン玉」という番組のプロデューサー兼司会者を務めている。また、子どもたちと共に出版した雑誌「ミクロスコープ」の編集長でもある。
 
 
©Müge İplikçi
 
 
 
Müren Beykan
(ミュレン・ベイカン)
1979年、イスタンブル工科大学を卒業。1981年、同大学建築史と修復研究所で修士を、2004年にはイスタンブル大学の文学部考古学部で博士を修める。博士論文は、2013年、イスタンブル・ドイツ考古学学会によって書籍化された。1980年以降は、1996年にイスタンブルで開催されたHABITAT II(国連人間居住会議)のカタログの編集など、重要な編集作業に多く参加する。

1996年、ギュンウシュウ出版創設者のひとりとして名前を連ねる。現代児童向け文学、ヤングアダルト文学の編集、編集責任者、発行者として活動する。ON8文庫創設後は、ギュンウシュウ出版と並行して、こちらの編集責任者も務めている。
(写真は、ミュゲ・イプリッキチのYouTubeチャンネル「オリーブの枝」に出演したときのもの)
 

 
 
 
 
●著者紹介

鈴木郁子(すずき・いくこ)
出版関連の会社に勤務後、トルコへ留学。イスタンブルで、マルマラ大学大学院の近・現代トルコ文学室に在籍し、19世紀末から現代までのトルコ文学を学ぶ。修士論文のテーマは『アフメット・ハーシムの詩に見える俳句的美意識の影響』。

帰国後は、トルコ作品、特に児童書やヤングアダルト作品を日本に紹介しようと活動を続けている。トルコ語通訳・翻訳も行う。トルコ文芸文化研究会所属。 著書に『アジアの道案内 トルコ まちの市場で買いものしよう』(玉川大学出版部)、翻訳に『オメル・セイフェッティン短編選集』(公益財団法人 大同生命国際文化基金)